約 5,656,753 件
https://w.atwiki.jp/sangokushi11/pages/1893.html
https://w.atwiki.jp/sangokushi11/pages/95.html
内容親愛 嫌悪 一覧表ア行 カ行 サ行 タ行 ハ行 マ~ヤ行 ラ行 いにしえ武将 内容 各々の武将には、『演義』か『正史』に基づいた人間関係が設定されている。親愛・嫌悪の二種類があり、親愛の場合はボーナスが、嫌悪の場合はペナルティがある。 親愛 複数の部隊の主将の間に親愛設定があると、30%の確率で支援攻撃が発生する(副将では関係なし)。 一つの部隊の主将に対し、副将が親愛設定を持っていると、副将の能力値補正が高まる。クリティカル発生率も底上げされる。 武将が君主に対し親愛設定を持っていると、その武将は必ずその君主に登用される。また、その状態では絶対に他の君主に登用されない(義兄弟・配偶者からの登用は除く)。 登用対象武将が所属なし(在野or亡国捕虜)or忠誠が忠誠+義理≦96以下の場合、その武将に親愛設定を持たれている武将での登用が必ず成功する。軍師の成否判定が×であっても成功する。 ただし登用対象武将が以下の状態の場合は登用不可。君主に対し義兄弟or婚姻or親愛の関係を持つ 同じ勢力内に義兄弟or婚姻関係を結んでいる武将がいる 未発見登用失敗・逃亡・下野等による登用禁止期間を過ぎていない 嫌悪 一つの部隊に嫌悪設定を持っている人物同士が入る(副将同士の場合も含む)と、全ての能力で副将の能力値補正が発生しない。一騎討ちでも助けに来ない。自身のみならずもう1人の副将の補正も発生しなくなる。もう1人が義兄弟・配偶者だろうともそれよりも優先される。(例として、主将:呂布+副将:貂蝉&陳登、主将:劉備+副将:関羽&糜芳はいずれも補正が全く発生しない) 義兄弟・配偶者関係の仲介が成立しなくなる。 武将が君主に対し嫌悪設定を持っていると、その武将は絶対にその君主に登用されない義兄弟・配偶者からの登用は除くが、登用できても初期忠誠度が60~70台と非常に低くなる。 COM君主が武将に対し嫌悪設定を持っているor持たれていると、その君主はその武将を捕虜にすると必ず処断する。 君主が別の君主に嫌悪設定を持たれている場合、その君主との関係が以下の通りとなる。相性に関係なく友好度が非常に上がり辛くなる 特技「論客」が無ければその君主と同盟を締結できない(停戦は可) 一覧表 ア行 ア行を編集 相性 武将名 親愛 武将名 解説 嫌悪 62 阿会喃 金環三結 孟獲配下の三洞元帥。南蛮三馬鹿トリオ。 董荼那 131 韋昭 華覈 親友。共に『呉書』の編纂を担当。後に韋昭が投獄されると助命嘆願をしている。 77 伊籍 劉備 劉表配下時代から親交を結び、劉表死後、劉備に従っている。演義では凶馬・的盧の事や蔡瑁による劉備暗殺計画を教える等、何かと劉備を手助けする。 馬謖 伊籍から推挙された。 馬良 72 尹賞 姜維 一緒に蜀に投降する。 梁緒 38 尹大目 文欽 友人。反司馬一族反乱の際、説得を試みるも失敗する。 22 于禁 龐徳 不仲。対関羽戦の際、共に捕えられる。龐徳は忠義を貫いて斬られるが于禁は降伏して助命されている。 31 衛瓘 鄧艾 衛瓘は鍾会に従い鄧艾を逮捕する。鍾会の死後、解放された鄧艾に復讐されることを恐れて殺害する。 50 閻宇 黄皓 結託。黄皓は姜維と閻宇を交代させようとした。 姜維 140 袁術 袁紹 対立。袁紹は劉虞の擁立を計画するが袁術はこれに強く反対している。 曹操 対立していた袁紹の同盟相手であり、何度も曹操への攻撃を行うが大敗している。 101 袁尚 袁紹 親子。生まれつき美貌で武勇に優れていた為、両親から寵愛される。 劉氏 袁譚 兄弟。後継の座を巡って骨肉の争い。 曹操 降伏を拒否される。 101 袁紹 袁尚 親子。生まれつき美貌で武勇に優れていた為、寵愛した。 袁術 対立。袁紹は劉虞の擁立を計画するが、袁術はこれに強く反対している。 董卓 反董卓連合盟主。一族を見せしめに殺されている。 86 袁譚 袁尚 兄弟。後継の座を巡って骨肉の争い。 21 王異 龐娥 涼州出身の烈婦同士。戦う主婦。 馬超 敵対。息子・趙月や夫・趙昂の上司である韋康を殺害される。 20 王経 崔林 見出される。 30 王粲 曹植 友人。『王仲宣誄』は曹植の誄銘の中でも特に心情が溢れた名作と評される。 陳琳 建安七子。 32 王祥 呂虔 徐州の内政を任せられた。 33 王昶 王凌 兄の様に慕って仕えた。 郭奕 友人。 123 王惇 孫綝 孫綝を誅殺しようとしたが事前に発覚、逆に殺害される。 69 王平 徐晃 漢中攻防戦の際、仲違いをして殺されかけた為、劉備に投降する。 76 王甫 関羽 関羽・関平父子の首級を見た際、その後を追って櫓から身を投げて自殺する。 趙累 趙累を忠義の士と評価、彼に荊州を守らせるよう進言した。 34 王凌 王昶 兄の様に慕われた。 賈逵 友人。 司馬朗 57 王累 劉備 劉備を益州に招こうとしていた劉璋に猛反対。聞き入れられずに自決する。 23 温恢 蒋済 温恢を良く補佐して揚州を再建している。 カ行 カ行を編集 相性 武将名 親愛 武将名 解説 嫌悪 36 何晏 曹爽 友人。曹爽が政権を握ると要職に任命され一躍、政権の中枢に躍り出る。 131 華覈 韋昭 親友。共に『呉書』の編纂を担当。後に韋昭が投獄されると助命嘆願をしている。 29 賈逵 王凌 友人。 司馬朗 20 賈詡 張繍 参謀。曹操の張繍討伐時には賈詡の献策で曹操軍の曹昂・典韋を死に至らしめた。 27 郭奕 王昶 友人。しかし王昶は自分の子供に郭奕(度量の狭いところがあった)の様な態度はいけないと言っている。 25 郭嘉 曹操 参謀。数々の助言を行った。赤壁の敗戦の際、曹操は「奉孝が生きていれば敗北することはなかった」と述べている。 荀彧 軍師仲間。戯志才の後継者として郭嘉を推挙した。 程昱 軍師仲間。演義で程昱から推挙された。 劉曄 軍師仲間。演義で劉曄を推挙している。 67 霍峻 孟達 演義で孟達から推挙される。その後、共に葭萌関を守備する。 23 楽進 張遼 共に合肥を守備している。元来、不仲だったが私怨を捨てて協力、孫権の大軍を撃退している。 李典 23 楽綝 張虎 演義ではペアで描かれる。 111 郭図 高覧 烏巣の守備を巡って意見が対立。その後、責任追及を恐れて張郃らのことを讒言、張郃は止むを得ず曹操へ降伏している。 張郃 審配 不仲。袁尚を担いだ審配と対立。 20 郭淮 夏侯淵 漢中で夏侯淵の参謀を務める。 曹真 諸葛亮の北伐開始後、曹真が推挙して副都督になる。 25 夏侯淵 郭淮 漢中で夏侯淵の参謀を務める。 夏侯惇 親族。旗揚げ当時から戦ってきた強い絆。 曹洪 曹仁 曹操 20 夏侯玄 毌丘倹 反司馬一族。 諸葛誕 曹爽 張緝 李豊 24 夏侯尚 桓階 親友。 孟達 曹丕 大いに気に入られた。 25 夏侯惇 夏侯淵 親族。旗揚げ当時から戦ってきた強い絆。 曹洪 曹仁 曹操 田疇 友人。 23 夏侯覇 姜維 共に北伐に参加。『演義』では姜維を庇って戦死。 曹爽 反司馬一族 夏侯氏 劉禅の皇后は張飛の娘で、その母親(張飛の妻)が夏侯覇の族妹であったことから手厚くもてなされた。 19 夏侯楙 曹丕 仲が良かった。 31 賈充 司馬炎 腹心。 司馬昭 裴秀 司馬炎が皇帝となる際、協力。 90 何進 張譲 十常侍筆頭として、権力闘争に走る。 蹇碩 60 花鬘 関索 京劇での関索の嫁。 鮑三娘 「花関索伝」で関索の嫁。 王悦 「花関索伝」で関索の側室。 王桃 75 関彝 龐会 龐会は父・龐徳の仇として関羽一族をつけ狙っていた。 75 関羽 周倉 対呉荊州戦の際、王甫と共に麦城を守備するも関羽親子の首を見て自害する。 趙累 対呉荊州戦の際、脱出を図る関羽に従うも呉軍の伏兵に遭い戦死。 張遼 呂布配下の頃から親交があり、呂布が敗れた際には曹操に張遼は用いる様に取り成している。 徐晃 出身地が同じだったため、親交を結んでいた。決戦の前にも言葉を交わした。 董卓 反董卓連合の一員として。 糜芳 普段から関羽とは不和で、対呉荊州戦の際呉と通じ無抵抗で降伏する。 傅士仁 呂布 ライバル関係。 7 桓階 夏侯尚 親友。 孟達 39 毌丘倹 夏侯玄 反司馬一族。 諸葛誕 曹爽 曹叡 太子時代からの付き合い。 27 韓浩 黄忠 『演義』では兄である韓玄の敵と思い込む。 75 関興 張苞 演義で義兄弟となりコンビを組んで活躍。 75 関索 花鬘 京劇で関索の嫁。 鮑三娘 「花関索伝」で関索の嫁。 王桃 「花関索伝」で関索の側室。 王悦 関銀屏 実の妹。共に民間伝承を出典とする。 48 韓遂 樊稠 同郷。その誼で見逃してもらった。 127 闞沢 黄蓋 苦肉の計で降伏の文書を届ける。 孫和 教育係を務める。 陸遜 大都督に推挙する。 126 韓当 黄蓋 共に孫家三代に仕える。 程普 孫堅 旗揚げ以来の君主。 129 甘寧 蘇飛 呉に逃亡するための便宜をはかってくれた。後に自分の命をかけて蘇飛の助命嘆願をする。 凌統 凌統からすれば父・凌操の仇になるが合肥の戦いで甘寧が救援して和解する。 黄祖 賊だったからと重用してもらえず。 75 関平 周倉 共に関羽を補佐し荊州を守備した。関帝廟では、二人が関羽の左右を守護する姿が見られる。 趙累 廖化 劉封 義父同士が義兄弟・『演義』では養子繋がりもあって、入蜀前は共に行動することが多い。 関寧 実の兄。 73 簡雍 秦宓 益州攻略時に意気投合。 孫乾 劉備放浪時から良く支えた文官メンバー。 糜竺 102 顔良 文醜 袁紹軍きっての猛将コンビ。 80 魏延 陳式 漢中攻防戦で一緒に軍令無視。陳式は諸葛亮に斬られる。 諸葛亮 劉備に仕える時に「こいつは裏切るから殺せ」と言われた。北伐で長安奇襲を提案するが却下される。 楊儀 普段から仲が悪かった。諸葛亮死後 楊儀「『わしを殺せるものがおるか』と三度叫ぶことができたら漢中を譲ってやる」→ 魏延叫ぶ→馬岱に斬られる(演義) 147 魏続 侯成 呂布軍三馬鹿トリオ。呂布が曹操に攻められて下邳城に追い詰められたときに共謀して呂布を裏切り、曹操軍を城内に招き入れた。 宋憲 37 魏諷 鍾繇 若くして鍾繇に推挙される。 27 牛金 曹仁 副将を務める。包囲されたところを曹仁に助けられる。 73 姜維 尹賞 梁虔と四人で蜀に投降した。 梁緒 夏侯覇 魏の降将同士、共に北伐に参加。 鄧芝 姜維の才能を買っていた。 傅僉 北伐に従う。気に入られた。 閻宇 黄皓と結託して姜維の追放を画策した。 黄皓 姜維を追放して代わりに閻宇を立てようと画策した。 譙周 姜維が北伐を再開したとき、その無謀さを諌めるために『仇国論』を書いた。 74 龔都 劉辟 黄巾賊残党コンビ。汝南で共に暴れまくった。 25 許褚 曹操 護衛を務め、何度も曹操を助けた。 典韋 典韋が亡くなると跡を継いで曹操の護衛になる。 許攸 傲岸不遜な態度を取るので殺した。 21 許攸 審配 許攸の家族が法を犯したとして審配に逮捕されてしまう。 62 金環三結 阿会喃 南蛮三馬鹿トリオ。 董荼那 122 虞翻 傅士仁 呉軍による関羽の守る荊州攻略戦にて傅士仁に呉への投降を持ちかけた。 龐統 友人。 陸績 69 厳顔 黄忠 老人コンビ。 張飛 入蜀する劉備軍に抵抗し、張飛と一騎討ちを行うが捕縛。その後は張飛に恭順し、厳顔の功により益州攻略が楽に進む。 121 厳畯 諸葛瑾 若い頃から親友の仲。 張承 歩隲 127 黄蓋 韓当 孫堅下邳時代からのメンバー。 孫堅 程普 75 黄月英 諸葛亮 夫婦。 50 黄皓 閻宇 閻宇は黄皓に取り入り、姜維から任地を取り上げようとした。 劉禅 寵愛される。 姜維 姜維を追放して閻宇を立てようと画策した。 144 高順 張遼 共に呂布を支える。 呂布 呂布と共に捕らえられた際には一切の抵抗、命乞いをせず呂布に殉じた。 陳宮 反乱を起こした郝萌を高順が即座に鎮圧。その際、袁術と共に陳宮が裏で糸を引いていたことから以来仲が悪くなる。 147 侯成 魏続 呂布軍三馬鹿トリオ。呂布が曹操に攻められて下邳城に追い詰められたときに共謀して呂布を裏切り、曹操軍を城内に招き入れた。 宋憲 45 黄祖 劉表 忠誠を誓う主君。 甘寧 元賊だからと重用せず。 禰衡 馬鹿にされたため殺した。 65 公孫瓚 劉備 廬植の下で共に勉学を学んだ弟弟子。 盧植 学問の師。 劉虞 烏丸・鮮卑族を巡って対立。 72 黄忠 厳顔 老人コンビ。 法正 定軍山では協力して魏の夏侯淵を討った。 劉磐 劉表配下時代に共に長沙を守備。後に推挙され共に劉備に仕える。 53 高沛 楊懐 白水関、涪水関(演義)を共に守備した。 43 孔融 楊修 絶賛した。 禰衡 高く評価した。 27 高覧 張郃 官渡の戦いの際、共に曹操に投降。 郭図 烏巣の件で意見が対立し、ハメられて止む無く曹操へ投降する。 125 呉国太 孫尚香 孫権が妹の孫尚香を劉備に嫁がせて劉備を利用または謀殺しようと図ったのに際し、呉国太は劉備を気に入り嫁入りの手助けをした。 劉備 19 呉質 司馬懿 朱鑠と共に太子時代から曹丕を補佐した。 曹丕 陳羣 120 顧譚 諸葛恪 皇太子である孫登の側近となった。 孫登 張休 陳表 120 顧雍 張紘 演義では張紘の推挙で孫権に仕えている。 59 呉蘭 雷銅 演義では共に劉備に降伏した。 サ行 サ行を編集 相性 武将名 親愛 武将名 解説 嫌悪 20 崔琰 司馬朗 仲が良く、司馬朗の弟、司馬懿の才能を高く評価した。 36 蔡氏 劉琮 母子。異母兄・劉琦を排除して劉琮を擁立しようとした。 劉琦 劉琮を擁立するために排除しようとした。 劉備 劉琦の支持者であったため。 36 蔡瑁 張允 親族。劉琮を後継者にするために共謀した。 劉琮 甥。彼を後継者にするために暗躍した。 劉琦 劉琮を擁立するために排除しようとした。 劉備 劉琦の支持者であったため。 22 崔林 王経 平民の中から抜擢して民政を委ねた。 31 司馬懿 呉質 朱鑠と共に太子時代から曹丕を補佐した。 曹丕 陳羣 曹叡 信頼された。 張郃 共に蜀の北伐軍と戦う。 31 司馬炎 賈充 腹心。 諸葛靚 幼なじみ。 文鴦 疎まれていた。 31 司馬師 司馬昭 共に父に協力。亡くなる際は後継者に指名した。 徐質 剛勇振りを買っていた。 陳泰 司馬師・昭兄弟とは特に親しかった。 31 司馬昭 司馬師 共に父に協力。実兄の司馬師に後継者に指名された。 陳泰 司馬師・昭兄弟とは特に親しかった。 24 司馬孚 曹髦 曹髦が暗殺された時、その遺体に取りすがって号泣した。 20 司馬朗 王凌 仲が良かった。 賈逵 崔琰 128 朱異 文欽 仲が悪く、常に疎まれていたらしい。 75 周倉 関羽 関羽親子の首を見せられた際、城壁から飛び降りて自害した。 関平 裴元紹 関羽に仕える以前は共に山賊をしていた。 126 周泰 蒋欽 親友の間柄。 孫権 孫権が宣城を攻めたとき、山越の反乱軍に襲われるが身を挺して孫権を護った。 125 周瑜 小喬 夫婦。赤壁の戦いで曹操が大喬と小喬をはべらせたいことを聞いた周瑜は怒り、戦いを決意したとされている。 孫策 「断金」と呼ばれるほどの固い絆。 程普 折り合いが悪かったが周瑜はあくまで膝を屈してへりくだり続けたので、その謙譲さに程普も感服し、尊重するようになった。 呂蒙 甘寧が孫権軍に身を寄せた時、周瑜・呂蒙が連名で推薦した。 魯粛 周瑜が魯粛に軍糧提供を求めると彼は持っている二つの倉の内の片方をまるまる与えた。周瑜の臨終に際し、遺言で後継者として選ばれた。 諸葛亮 『演義』では諸葛亮に翻弄され続け、臨終の際には諸葛亮からの挑発的な書状を読み、「天はこの世に周瑜を生みながら、なぜ諸葛亮をも生んだのだ!」と血を吐いて憤死してしまう。 60 祝融 孟獲 夫である孟獲と共に蜀軍と対峙する。 126 朱然 孫権 孫権とは机を並べて勉学に励んだ学友であり、厚い信頼関係があった。 22 荀彧 郭嘉 軍師仲間。曹操に推挙した。 鍾繇 同郷であった鍾繇を推薦した。 曹操 荀彧を迎えた曹操は「我が子房(張良のこと)が来た」と喜んだ。 程昱 軍師仲間。演義で曹操に推挙した。 31 荀顗 鍾毓 親友。 陳泰 娘が陳泰に嫁いでいる。 傅嘏 何晏らに憎まれていた傅嘏を救った。 22 荀攸 鍾繇 親友。自分の奇策集の編集を託した。 22 鍾毓 荀顗 親友。 陳泰 傅嘏 20 鍾会 蒋斌 友人として接した。 鄧艾 蜀を討伐した鄧艾の功績を妬み讒言した。 125 小喬 周瑜 夫婦。赤壁の戦いで曹操が大喬と小喬をはべらせたいことを聞いた周瑜は怒り、戦いを決意したとされている。 孫尚香 義妹。 大喬 実姉。 126 蒋欽 周泰 親友の間柄。 32 蒋済 温恢 温恢の補佐に抜擢された。 66 譙周 姜維 北伐を再開したとき、その無謀さを諌めるために『仇国論』を書いた。 諸葛亮 北伐の批判者として? 135 蒋斌 鍾会 友人として遇された。 22 鍾繇 魏諷 推挙した。 荀彧 同郷であった荀彧に推薦された。 荀攸 仲が良かった。亡くなった荀攸の家族の面倒を見た。 張既 長安方面の統治や治安など、内政面において張既と共に功績を挙げた。 79 向朗 馬謖 北伐の失敗の後に、馬謖が逃亡したのを見逃した。 121 諸葛恪 顧譚 皇太子である孫登の側近となった。 孫登 張休 陳表 孫峻 孫峻らのクーデターにより殺された。 滕胤 演義では不仲となっている。 121 諸葛瑾 厳畯 親友。 張承 歩隲 魯粛 魯粛に推挙され孫権に仕えた。 75 諸葛尚 諸葛亮 偉大な祖父。 135 諸葛誕 夏侯玄 反司馬一族。 毌丘倹 曹爽 張緝 李豊 文欽 魏に居た頃から仲が悪く、最終的には諸葛誕に殺されてしまう。 75 諸葛亮 黄月英 夫婦。天文から地理・兵法と広く学問に通じ、諸葛亮を陰で支えた。 趙雲 全幅の信頼を寄せる。趙雲が亡くなった時、諸葛亮は「趙雲の死は国家の棟木が落ちたようなもの。片腕を失った」と悲しんだ。 馬謖 才能を諸葛亮に高く評価された。 馬良 諸葛亮と義兄弟の契りを結んでいたと言われている。 劉備 水魚の交わりの故事で知られ、臨終では国家そのものを委ねた。 魏延 劉備に仕える際、諸葛亮から「反骨の相」(*1)があるから斬れと言われた。 譙周 北伐を批判したため? 陳式 命令無視をして大敗したため、諸葛亮の怒りを買って処刑された。 廖立 閑職であることに不満を漏らし、これに怒った諸葛亮に庶民に落とされた。 23 徐晃 関羽 出身地が同じだったため、親交を結んでいた。決戦の前にも言葉を交わした。 王平 漢中遠征の際、徐晃の副将だったが劉備に寝返った。 125 徐氏 孫翊 夫婦。孫翊が暗殺された時、敵を討った。 23 徐質 司馬師 剛勇振りを買われていた。 75 徐庶 劉備 劉備に諸葛亮を推薦する。『演義』では、曹操のために献策はしないという誓いを立て、劉備の下を去った。 石韜 学友。 孟建 124 徐盛 丁奉 徐盛と共に諸葛亮を殺害するように命じられる。 37 申儀 孟達 魏を裏切る際、仲の悪かった申儀に密告された。 114 岑昏 孫皓 共に残虐な行為を行ったとされる。 25 甄氏 曹植 曹植作「洛神の賦」は、曹丕の皇后である甄氏への恋慕から作ったという説がある。 郭氏 『魏略』『漢晋春秋』には、甄氏の死は郭氏の差し金によるものとなっている。 37 申耽 孟達 演義では魏を裏切ろうとした孟達を殺している。 101 審配 袁紹 最期まで袁氏に殉じた。 逢紀 袁紹が寵愛した三男・袁尚を逢紀と共に擁立した。 郭図 後継者を巡って対立した。 辛評 許攸 許攸の家族が法を犯したとして逮捕した。 田豊 対曹操の戦略方針を巡って対立した。 85 辛評 審配 後継者を巡って対立し、曹操についた弟・辛毘への見せしめとして家族と共に殺される。 66 秦宓 簡雍 仲が良かった。 32 石苞 鄧艾 仲が良かった。 128 全琮 孫魯班 後に夫婦となる。 孫和 二宮の変の際は孫覇派であったことから。 26 曹宇 曹叡 甥・曹叡とは皇太子時代から親友の仲。 25 曹叡 司馬懿 全面的な信頼を寄せた。 甄氏 母子。即位後に母の名誉を回復して皇后とした。 曹宇 皇太子時代から親友の仲。曹芳を補佐させようとした。 曹植 叔父。曹植の没後はその名誉を回復させ作品を集めさせた。 何晏 重用しなかった。 諸葛誕 嫌っていた。 147 宋憲 魏続 呂布軍三馬鹿トリオ。呂布が曹操に攻められて下邳城に追い詰められたときに共謀して呂布を裏切り、曹操軍を城内に招き入れた。 侯成 25 曹昂 典韋 共に命を賭けて父・曹操を助けた。 24 曹洪 夏侯淵 親族。旗揚げ当時から戦ってきた強い絆。四天王。 夏侯惇 曹仁 25 曹彰 曹植 兄とは正反対の、仲の良い兄弟。 25 曹植 王粲 詩人である曹植とは親交が深く、「王仲宣誄」は曹植の誄銘の中でも特に心情が溢れた名作と評される。 甄氏 曹植作「洛神の賦」は、曹丕の皇后である甄氏への恋慕から作ったという説がある。 曹叡 甥。晩年の曹植は病に侵され、明帝が心配して食事を勧めるほど痩せていた。 曹彰 兄とは正反対の、仲の良い兄弟。 陳琳 手紙のやり取りをしていた。自分の作品の評価を仰いだ。 曹丕 後継者争いを繰り広げた。 26 曹真 郭淮 曹真が推挙して副都督になる。 25 曹仁 夏侯淵 親族。旗揚げ当時から戦ってきた強い絆。四天王。 夏侯惇 曹洪 牛金 副将。共に荊州を守備し、窮地を命がけで救った。 25 曹操 郭嘉 正史・演義共に郭嘉を重用している。 夏侯淵 譜代の重臣。 夏侯惇 荀彧 魏公就任前まではいたって仲も良好であった。 典韋 初代護衛隊長。張繍との宛の戦いで曹操を守りきり戦死。 孔融 「不仁(曹操)は至仁(劉備)に敵わない」と漏らしたのが曹操にばれ、殺される。 朱霊 何故か朱霊は曹操に嫌われている。 董卓 反董卓連合。 楊修 「鶏肋」の故事の当事者。後継者争いへの介入などから曹操の怒りを買い殺される。 左慈 様々な仙術で曹操を愚弄した。 19 曹爽 夏侯玄 反司馬一族。 夏侯覇 毌丘倹 諸葛誕 司馬懿 司馬懿を名誉職に追いやって権力の独占を画策したが司馬懿がクーデターを起こし降伏。最後は三族皆殺しの刑に処せられた。 17 臧覇 孫観 呂布配下時代からの付き合い。呂布滅亡後は共に曹操に降伏する。 26 曹丕 夏侯尚 身分を超えた友人関係。 呉質 四友の一人。 司馬懿 陳羣 孟達 重用する。 王忠 飢えのために人肉を食べたことを嫌い、嘲笑した。 何晏 幼少の頃から毛嫌いしていた。 曹洪 お金のことでもめる。 曹植 後継者争い。 24 曹髦 曹操 曹操の生まれかわりだと言われた。 129 蘇飛 甘寧 呉に逃亡するための手助けをした。後に甘寧は命をかけて蘇飛の助命嘆願をする。 127 祖茂 孫堅 孫堅が董卓軍に大敗して逃走した際に孫堅の赤い頭巾を被って囮となり、孫堅は助かった。 125 孫和 闞沢 闞沢は孫和の教育係を務めている。 孫登 兄・孫登とは仲が良く、死の床についた孫登が父親である孫権に当てた遺書で孫和を推挙している。 孫魯班 異母姉・孫魯班に讒言されて、太子を廃されてしまう。 27 孫観 臧覇 呂布配下時代からの付き合い。呂布滅亡後は共に曹操に降伏する。 125 孫休 張布 張布らと共に孫綝を誅殺した。 濮陽興 即位すると丞相に任命している。 孫綝 専横が過ぎたため、誅殺した。 126 孫堅 韓当 下邳時代からの配下。 黄蓋 程普 董卓 反董卓連合。 76 孫乾 簡雍 劉備放浪時から良く支えた文官陣。 糜竺 125 孫権 周泰 孫権を守るために刻まれた傷の由来を語らせ、「私が今在るのは周泰のおかげだ」と涙を流して感謝した。 朱然 孫権とは机を並べて勉学に励んだ学友であり、厚い信頼関係があった。 張昭 厳格な態度が理由で孫権に煙たがられた。 114 孫皓 岑昏 寵臣。 韋昭 孫皓の意に沿わぬ言動が重なったため処刑された。 歩闡 反乱を起こしたが失敗。一族もろとも処刑された。 留平 孫皓は宴会の時に留平の酒に毒を入れた。 楼玄 孫皓を諌めてその怒りを買った為、左遷された。 126 孫皎 孫策 敬愛する族兄。 125 孫策 周瑜 「断金」と呼ばれるほどの固い絆。 孫尚香 実妹。 大喬 夫婦。 太史慈 彼と一騎討ちしてその武勇を認めていた。 劉勳 劉勲に対し計略を仕掛けて居城を空けさせて、旧袁術軍を手に入れた。 于吉 演義では于吉の霊により呪い殺されている。 125 孫氏 陸遜 政略結婚で夫婦となった。 130 孫秀 孫皓 皇帝であった孫皓に疑われて殺されかける。 115 孫峻 孫魯班 密通していた。 文欽 毌丘倹・文欽の乱に呼応。その後敗北した文欽と合流した。 諸葛恪 クーデターを起こして殺害した。 125 孫尚香 呉国太 母が危篤との偽報を聞かせられると呉に帰国した。 小喬 義姉。 大喬 孫策 実兄。 劉備 演義では両人の仲は良好なものであった。 7 孫綝 王惇 孫綝を誅殺しようとしたが失敗。殺される。 滕胤 呂拠 朱異 諸葛誕が反乱を起こしたとき、朱異を援軍として差し向けたが、敗れて戻ってきたので怒って朱異を殺害している。 125 孫登 顧譚 皇太子である孫登の側近となった。 諸葛恪 張休 陳表 孫和 自分が亡くなる際、孫和を皇太子として取り立てるように遺書を残した。 125 孫翊 徐氏 夫婦。後に孫翊は暗殺されるが、徐氏は敵を討つ。 孫策 孫策に似て武勇に優れ、剛毅果断であった。 125 孫亮 孫魯班 孫魯班らと謀り、孫綝を除こうとした。 125 孫魯班 孫峻 密通していた。 孫亮 後ろ盾となる。 孫和 孫魯班に讒言されて、太子を廃されてしまう。 タ行 タ行を編集 相性 武将名 親愛 武将名 解説 嫌悪 125 大喬 小喬 妹 孫策 夫婦 孫尚香 義妹 124 太史慈 孫策 故郷の青州に帰らず孫家への忠義を選ぶ。孫策から武勇を認められていた。 36 張允 蔡氏 共謀して劉琮を跡継ぎに立てた。 蔡瑁 75 趙雲 諸葛亮 諸葛亮から全幅の信頼を寄せられる。『趙雲別伝』によれば、諸葛亮は趙雲の功績を喜び、絹を与えようとした。 陳到 陳到は趙雲に次ぐ名将として高い評価を受けている。 馬雲騄 架空戦記『超三国志』で登場。夫婦となる。 文鴦 活躍が趙雲に比せられた。 劉備 忠義を尽くす。子龍は一身これ胆なりと賞賛される。 31 張華 陳寿 推挙する。 21 張既 夏侯淵 共に長安を守備する。 鍾繇 120 張休 顧譚 皇太子である孫登の側近となった。 諸葛恪 孫登 陳表 23 張虎 楽綝 演義ではペアで描かれる。共に合肥を守備した張遼と楽進の子。 122 張紘 顧雍 演義では張紘の推挙で孫権に仕えている。 孫策 孫策が独立すべく挙兵したとき、その参謀として活躍している。 27 張郃 高覧 郭図に讒言されて共に曹操に降った。 司馬懿 とても信頼されており共に蜀と戦った。 郭図 官渡の戦いの敗北の後、讒言されて曹操の元へ走る。 148 張繍 賈詡 軍師。曹操を窮地に陥らせた。 20 張緝 夏侯玄 反司馬一族。 毌丘倹 諸葛誕 曹爽 李豊 120 張昭 孫策 徐州で隠遁していたが、孫策の将来性を買い孫家に仕える。 歩隲 張昭の一族の推挙を巡り、対立した。 72 張松 法正 友人。劉備に内通した仲間。 孟達 楊修 曹操の配下の中で、唯一才能を評価しあった。 劉備 劉璋の家臣でありながら、彼から蜀を奪うように進言。 124 張承 厳畯 正史に友人と書かれている。 諸葛瑾 歩隲 魯淑 後継者として抜擢した。 56 張任 劉備 「蜀の老臣二君に仕えず!」 145 貂蝉 呂布 連環の計で近づく。 100 張邈 袁紹 敵対し、暗殺されそうになる。なのに親愛、真性のMである。 陳宮 共謀して曹操に造反する。 75 張飛 厳顔 蜀侵攻戦で説得。 龐統 大酒飲み仲間。 雷銅 部下。 夏侯氏 嫁。 関銀屏 名づけ子。 曹操 長坂坡の戦いでは一騎で曹操軍を退けた。 董卓 逆賊扱い。 劉巴 身分の差で毛嫌いされていた。 呂布 自らの失態で、徐州を奪われる。 113 張布 孫休 後事を託される。 濮陽興 共謀して孫皓を擁立する。 75 張苞 関興 演義で義兄弟となりコンビを組んで活躍。 23 張遼 楽進 共に合肥を守備して孫権を退けた。 関羽 説得して曹操幕下に迎え入れた。後に関羽が劉備の元へと戻る際にも協力(演義)。 高順 呂布幕下のニ将。 李典 共に合肥を守備して孫権を退けた。 呂布 旧主 74 趙累 王甫 協力して荊州防衛に当たる。 関羽 関平 15 張魯 劉璋 生母と弟を殺される。 12 陳応 鮑隆 桂陽の迷コンビ。 143 陳宮 張邈 共謀して曹操に造反した。 呂布 呂布軍参謀として尽くした。 高順 反乱を起こした郝萌を即座に鎮圧した際、袁術と共に陳宮が裏で糸を引いていたことから以来仲が悪くなる。 29 陳矯 陳登 共に、孫策の北進を防いでいる。 袁術 出仕を拒否している。 孫策 28 陳羣 呉質 曹丕の太子時代からの友人。 曹丕 曹丕の太子時代から仲が良かった。 司馬懿 曹丕の太子時代からの友人で、曹丕の死の直前、ともに曹叡の補佐を託された。 79 陳珪 劉備 演義では親劉備。 呂布 裏切る。 50 陳寿 張華 史官として抜擢してくれた恩人。 81 陳式 魏延 魏延の副将。 諸葛亮 軍律違反をして処刑される。 28 陳泰 司馬師 陳氏は代々司馬氏と親しかった。 司馬昭 鄧艾 知識と計略案に心服して「忘年の交わり」を結ぶ。 鍾毓 同世代の友人。 傅嘏 79 陳登 陳矯 共に孫策の北進を防いだ。 劉備 演義では親劉備。 呂布 裏切る。 72 陳到 趙雲 趙雲の副将。 124 陳表 顧譚 孫登の四友。 諸葛恪 孫登 張休 142 陳蘭 雷薄 僚友。袁術に愛想をつかして共に出奔する。 37 陳琳 王粲 建安期の詩人仲間。 曹植 24 程昱 郭嘉 曹操の参謀仲間。 荀彧 22 丁儀 曹植 後継者争いでは曹植派。 88 丁原 董卓 董卓の少帝廃立に異議を唱える。これに対応すべく、董卓は彼の養子の呂布を寝返らせた(演義)。 126 程普 韓当 孫堅の臣。3代に渡り孫呉を支える。 黄蓋 周瑜 折り合いが悪かったが、能力を認め尊重するようになる。 孫堅 忠義を尽くす。 123 丁奉 徐盛 徐盛の副将。 25 典韋 夏侯惇 夏侯惇に推挙される。 許褚 一騎討ち後、許褚も曹操に仕えたので怪力仲間となる。 曹昂 共に宛城の戦いで曹操を逃がすために戦死。 曹操 主。宛城の戦いでは身を呈して曹操を守った。 42 田続 鄧艾 護送中に殺害される。 42 田疇 袁紹 出仕を拒否し、隠棲した。 公孫瓚 主君劉虞を殺される。 96 田豊 審配 方針を巡り、感情面にも対立した。 逢紀 たびたび讒言された。 31 田予 劉備 劉備の平原時代に仕えていた。 116 滕胤 諸葛恪 『演義』では政敵として暗殺に加担(正史では異なる)。 孫綝 政敵として排除を企てるが、返り討ちに。 78 董允 費禕 四相として公私ともに親しく、費禕の無警戒ぶりを憂慮したことも。 黄皓 董允存命中は黄皓に勝手な振る舞いをさせなかった。 41 鄧艾 州泰 同郷の出身。 石苞 同身分の出。 陳泰 「忘年の交わり」を結ぶ。 鍾会 蜀攻略一番手の手柄を妬まれる。 73 鄧芝 姜維 才能を高く評価した。 1 董卓 貂蝉 誘惑されて策にはめられる(演義)。 李儒 娘婿であり、腹心。 62 董荼那 阿会喃 南蛮三馬鹿トリオ。 金環三結 32 杜預 羊祜 尊敬する前任者。 ハ行 ハ行を編集 相性 武将名 親愛 武将名 解説 嫌悪 68 裴元紹 周倉 周倉の部下。演義ではそれを知らない趙雲に斬られる。 30 裴秀 賈充 共に曹奐に皇帝位を禅譲させる。曹髦と仲が良かったため後に不仲になるが・・・。 司馬炎 曹奐から皇帝位を禅譲させた。 70 馬雲騄 趙雲 架空戦記『超三国志』で登場。旦那になる。 馬岱 従兄弟 馬超 長兄 馬騰 父親 曹操 一族の仇 70 馬休 馬雲騄 妹 馬岱 従兄弟 馬超 長兄 馬騰 父親 曹操 仇敵。馬超の反乱に連座して処刑される(正史)。曹操暗殺計画が失敗、処刑される(演義)。 80 馬謖 伊籍 推薦される。 向朗 街亭の敗戦後、馬謖を庇う。 諸葛亮 才能を高く評価される。 70 馬岱 馬雲騄 親族 馬休 馬超 馬騰 曹操 仇。曹操暗殺計画が失敗して馬一族で唯一逃げ延びた(演義)。 70 馬超 馬雲騄 親族 馬休 馬鉄 馬岱 李恢 馬超「むむむ」 李恢「なにがむむむだ!」 曹操 仇敵。正史では反乱を起こしたために一族が処刑されている。 楊柏 張魯への讒言で殺意を抱く(演義)。 70 馬鉄 馬雲騄 妹 馬休 兄 馬岱 従兄弟 馬超 長兄 馬騰 父親 70 馬騰 馬雲騄 娘 馬休 息子 馬岱 甥 馬超 息子 馬鉄 息子 曹操 謀殺計画を練るが失敗、処刑される(演義)。 77 馬良 伊籍 推薦される。 諸葛亮 兄事。義兄弟の契りを結んでいたとも言われる。 116 万彧 孫皓 皇帝即位に尽力。 76 樊氏 趙雲 再婚を勧められる(演義)。樊氏が趙雲を好いていたかは不明。 149 樊稠 韓遂 同郷の友。 77 費禕 董允 ともに蜀の政治を支えた。 77 糜竺 簡雍 劉備放浪時代から支え続けた文官仲間。 孫乾 108 糜芳 傅士仁 関羽を裏切り呉に降伏する。 関羽 関羽は目下の者に厳しかったため、反感を持つ。 28 傅嘏 荀顗 友人。 鍾毓 陳泰 108 傅士仁 虞翻 親友とされる(演義)。 関羽 関羽は目下の者に厳しかったため、反感を持つ。 74 傅僉 姜維 取り立てられた。 38 文鴦 趙雲 武勇を趙雲と比せられた。反・三國志では時代を超えて共闘する。 38 文欽 尹大目 旧知の間柄。 孫峻 反乱の協力先。 朱異 仲が悪かった。 諸葛誕 102 文醜 顔良 袁紹配下の猛将コンビ。 65 龐会 関彝 父親の龐徳を殺した関羽の一族を恨む。 関羽 関興 関統 110 逢紀 審配 袁尚を共に支持するが仲が悪い。 田豊 官渡の戦い後袁紹は敗れて逃げ帰る際に「田豊がいればこんなことにはならなかったであろうに」と慨嘆したが、その後で逢紀から「田豊は敗北したことで自分の予想通りだと笑っております」と讒言を受けて、田豊を処刑している。 75 鮑三娘 花鬘 恋のさや当て相手。 関索 京劇「花関索伝」での夫婦。 22 鮑信 曹操 最初期の曹操の盟友・理解者。 72 法正 黄忠 定軍山で共闘して魏軍を撃破。 張松 共謀して劉備の入蜀を計画する。 孟達 劉備 自身の真の主君として評価。 73 龐統 虞翻 呉逗留時の友人。 張飛 酒飲み仲間。 陸績 呉逗留時の友人。 12 鮑隆 陳応 猛将コンビ。 113 濮陽興 孫休 後事を託される。 張布 共謀して孫皓を擁立する。 121 歩隲 厳畯 古くからの学友。 諸葛瑾 張承 張昭 張奮の推挙をめぐる揉め事で対立する。 マ~ヤ行 マ~ヤ行を編集 相性 武将名 親愛 武将名 解説 嫌悪 29 満寵 毛玠 演義では劉曄から推挙をされた満寵と呂虔は新たに毛玠を推挙している。 劉曄 呂虔 29 毛玠 満寵 満寵と呂虔の二人に推挙された。 呂虔 60 孟獲 祝融 夫婦。共に蜀軍と対峙する。途中で罠に掛かって捕らえられてしまう。その後、孟獲の申し出により人質交換として自軍に戻される。 44 孟達 夏侯尚 親友。桓階・夏侯尚が亡くなると降将である孟達は不安になり今度は呉と通じようとする。 桓階 張松 友人。劉備を益州の新たな君主として迎えようと共に画策する。 法正 李厳 友人。劉備を裏切り魏に寝返った後、蜀に侵攻するも友人である李厳と対峙することになり戦わず退却している。 申儀 不仲。孟達と申儀とは仲が悪かった為、申儀により孟達の叛意は曹叡に密告された。 申耽 演義では魏を裏切ろうとした孟達を裏切る。 劉封 対立。孟達の軍楽隊を劉封が没収する事件が記録に残っている。 53 楊懐 高沛 同僚。共に劉璋配下の名将で白水関(演義では涪水関)を守備した。 61 楊儀 諸葛亮 丞相府の幕僚の筆頭。狭量で後継者には選ばれなかった。 魏延 不仲。軍議の場で両者が言い合いになった際、魏延が楊儀を脅して楊儀が恐れて泣くような事もあった。 劉巴 同僚。喧嘩をして共に罷免された。 31 羊祜 陸抗 陸羊之交。敵ながら互いを認め合う仲だった。 杜預 病で引退する羊祜は後任として杜預を推挙する。 43 楊修 孔融 曹操の配下には孔融と楊修しか人材がいないと評された。 禰衡 曹植 学問の先生。「答教」という教科書を用いて曹魏政権の政治的問題を教える。後継問題にも関わる程、曹植に肩入れをした。 張松 演義では蜀より訪れた張松を接待してその才を認める。 14 楊柏 馬超 演義で張魯が馬超に娘を娶らせようとすると、「馬超が妻子を失ったのは自業自得です。そのような人物に娘を娶らせてよいのでしょうか」と反対した為、取り止めている。後に馬超が劉備に降伏すると監視役だった楊柏は手土産代わりに殺されている。 21 楊阜 馬超 敵対。一族や上司である韋康を殺害されている。 ラ行 ラ行を編集 相性 武将名 親愛 武将名 解説 嫌悪 59 雷銅 呉蘭 劉備が益州に侵攻してきた際、共に雒城を守備する。降伏後も漢中で引き続き一緒に起用される。 張飛 張飛に従って巴西を守備する。 142 雷薄 陳蘭 僚友。袁術に愛想をつかして共に出奔する。 66 李恢 馬超 李恢の説得により馬超は劉備に投降している。馬超「むむむ」李恢「なにがむむむだ!」 122 陸抗 羊祜 陸羊之交。敵ながら互いを認め合う仲だった。 121 陸績 虞翻 友人。陸績は年長である龐統や虞翻とも堂々と交際した。 龐統 122 陸遜 闞沢 夷陵の戦いの際、陸遜を推薦した。 孫氏 夫婦。孫家と陸家は敵対していたが陸遜が孫権に出仕、孫氏を妻に迎えたことで両家は和解する。 呂蒙 荊州の関羽を攻める際に協力、勝利を収めている。 71 李厳 諸葛亮 罪に問われ諸葛亮により流刑に処されるも息子の李豊は罪に問わなかった。李厳自身も諸葛亮ならばいずれ復帰されてくれると期待していた。 孟達 友人。劉備を裏切り魏に寝返った後、蜀に侵攻するも友人である李厳と対峙することになり戦わず退却している。 1 李儒 董卓 董卓の娘婿で参謀。献帝の擁立や長安への遷都などを進言した。 146 李粛 呂布 同郷の親友。董卓の命を受け呂布を懐柔する。後に王允による董卓暗殺計画にも一緒に参加している。 19 李勝 曹爽 友人。曹爽の命を受けて司馬懿の様子を探りに行く。 22 李典 楽進 共に合肥を守備している。元来不仲だったが私怨を捨てて協力、孫権の大軍を撃退している。 張遼 20 李豊 夏侯玄 反司馬一族。 毌丘倹 諸葛誕 曹爽 張緝 96 劉虞 公孫瓚 烏桓・鮮卑族を巡って対立。最終的に劉虞は捕まって処刑される。 129 留賛 凌統 凌統から推薦された。 101 劉氏 袁尚 生まれつき美貌で武勇に優れていた為、両親から寵愛される。 55 劉璋 張魯 自分に叛いた張魯の生母とその弟を見せしめのために誅殺した。 75 劉諶 劉備 偉大な祖父。劉備の廟の前で国を失うことを謝罪する。その後、妻子を殺して自害した。 78 劉禅 黄皓 寵愛。姜維は黄皓の専横を憎んで処刑するよう劉禅に請願したが黄皓を庇い聞き入れなかった。 張氏 夫婦。 45 劉琮 蔡氏 母子。異母兄・劉琦を排除して劉琮を擁立しようとした。 蔡瑁 甥。劉琮を後継者にするために暗躍。 56 劉巴 張飛 劉巴は士大夫としての自負が強かった為、庶人出身の張飛が劉巴の元に泊まった際、話そうともしなかった。 楊儀 同僚。喧嘩をして共に罷免された。 45 劉磐 黄忠 劉表配下時代から黄忠と共に長沙を守備。長沙が劉備の支配下に入ると黄忠の推挙で劉備に仕える。 75 劉備 公孫瓚 盧植の元で共に学ぶ。劉備は公孫瓚に対して兄事しており大変仲が良かった。 諸葛亮 水魚の交わり。死去にあたり劉備は「もし後継ぎに才能がなければ君が自ら皇帝となれ」と諸葛亮に言い残している。 徐庶 止むを得ず曹操に下ることになった際、曹操の為に献策はしないという誓いを立てる 趙雲 全幅の信頼を寄せる。劉備からは「子龍は一身これ胆なり」と賞賛される。 盧植 学問の先生。 蔡氏 劉備暗殺計画の首謀者。 蔡瑁 馬謖 劉備は馬謖を信頼せず「馬謖は口先だけの男であるから重要なことを任せてはならない」と諸葛亮に厳しく念を押した。 45 劉表 黄祖 孫堅敗死後、孫家残党に捕われた黄祖を助ける為、孫堅の遺体と黄祖の身柄を交換した。 74 劉辟 龔都 黄巾賊残党。汝南で共に暴れまくる。後に一緒に劉備に仕える。 75 劉封 関平 義父同士が義兄弟。入蜀前は一緒に行動する事が多い。 孟達 対立。魏に寝返った孟達から魏に投降するよう誘われるが怒って拒否している。 27 劉曄 郭嘉 軍師仲間。演義で郭嘉から推挙された。 満寵 演義で劉曄に推挙された。 呂虔 74 廖化 関羽 関羽・関平親子の死後、援軍要請に応じなかった孟達、劉封らの処罰を劉備に訴えた。 関平 72 梁緒 尹賞 梁虔と四人で蜀に投降した。 姜維 127 凌統 甘寧 演義では父の仇である甘寧に窮地を救われる。それを切欠に父を殺された恨みを水に流し甘寧と親交を結んでいる。 留賛 留賛を推挙した。 71 廖立 諸葛亮 劉禅即位後、閑職であることに不満を漏らす。これに怒った諸葛亮によって庶人に落とされた。 71 呂凱 王伉 同僚。雍闓が蜀漢に反乱を起こした際、協力して永昌郡を守った。 123 呂拠 孫綝 孫峻の後を継いで呉の実権を掌握していた孫綝に反対する。最後は追い込まれて自害する。 29 呂虔 王祥 徐州刺史・呂虔から徐州の内政を任せられる。呂虔は所持していると三公に登るという刀を王祥に与える等、王祥を厚遇している。 満寵 演義で劉曄に推挙された。 劉曄 毛玠 演義で毛玠を推挙した。 145 呂布 高順 重臣。最後まで呂布を支えた。 張遼 陳宮 貂蝉 王允から紹介され、その美貌に惚れてしまう。 関羽 呂布が落ち延びてきた際、呂布を受け入れようとする劉備に対し二人は強く反対した。 張飛 124 呂蒙 周瑜 甘寧が孫家に身を寄せた際、周瑜・呂蒙が連名で孫権に推薦した。 陸遜 荊州の関羽を攻める際に協力、勝利を収めている。 145 呂玲綺 呂布 親娘。初登場作品である三国志戦記2では父・呂布に憧れ尊敬する描写が見られた。 124 魯粛 周瑜 周瑜から推挙される。赤壁の戦いでは周瑜と共に開戦を主張。見事、勝利する。周瑜が亡くなるとその遺言で後継者となる。 諸葛瑾 才能と人格を高く評価し、孫権に推挙する。 呂蒙 魯粛没後、後任となる。魯粛は「呉下の阿蒙に非ず」と呂蒙を評した。 124 魯淑 張承 魯淑が成人した際、張承は「彼が何時しか自分と同じ職に就くだろう」と予言している。 75 盧植 公孫瓚 学問の先生。党錮の禁による不遇時代に幽州涿郡で学舎を主宰、劉備や公孫瓚に学問を教えている。 劉備 董卓 董卓が実権を掌握、皇帝を劉弁から劉協に替えようとするとこれに反対する。そのため董卓によって処刑されかける。 いにしえ武将 いにしえ武将を編集 相性 武将名 親愛 武将名 解説 嫌悪 75 尉遅恭 関羽 秦瓊と共に門神として奉られる。なお、関羽は劉備の挙兵時、彼の護衛官をしていた。 25 贏政 孔融 焚書坑儒を行って儒教を弾圧した。 孔丘 27 王翦 厳顔 老将繋がり。 黄蓋 黄忠 75 楽毅 諸葛亮 諸葛亮は在野時代自らを管仲、楽毅になぞらえていた。 管夷吾 75 岳飛 関羽 後に両者とも神格化されている。 姜維 尽忠報国を旨とし、失った宋の領地を取り戻そうとするが、秦檜に阻まれて処刑されている。 譙周 真っ先に劉禅に降伏を勧めたことを屈辱的和睦をなした秦檜と重ね合わせている。 75 管夷吾 諸葛亮 諸葛亮は在野時代自らを管仲、楽毅になぞらえていた。 楽毅 鮑叔牙 管鮑の交わり。 85 韓信 蕭何 蕭何は韓信を極めて高く評価し、劉邦に再三推挙したため、韓信も蕭何を信頼していた。 43 孔丘 孔融 孔丘の20代目子孫。 曹操 曹操は孔融を処刑した。曹操の法家思想と儒家は犬猿の仲。 贏政 贏政は焚書坑儒を行って儒教を弾圧した。 125 項籍 孫策 「江東の小覇王」の覇王とは項籍を指している。 125 高長恭 周瑜 イケメン繋がり。 25 呉起 曹操 宰相として多数の改革を断行した。ちなみに当時の人間に好色と評されてもいる。 75 蕭何 諸葛亮 陳寿は評として諸葛亮を管仲・蕭何に並ぶ名宰相としている。 劉邦 劉邦と出身を同じくし、劉邦軍の兵站を一手に引き受けた。 75 秦瓊 関羽 尉遅恭と共に門神として奉られる。 70 秦良玉 馬超 西方の馬上将軍繋がりか。あるいは、亡夫の馬千乗と馬超を重ね合わせているのかもしれない。 126 孫臏 孫堅 孫堅は孫子の子孫を自称している。 75 張良 劉邦 劉邦は常に張良の策を聞き入れたため張良は感動した。 呂尚 黄石公から太公望(呂尚)の兵法書を受け取った。 125 鄭成功 周瑜 中華民国のフリゲート艦には「成功級」という形式名が付いている。これより水軍提督として名を馳せた周瑜と関連づけている。 120 范増 張昭 覇王の参謀格の老軍師繋がり。なお、范増は陳平の離間の計にかかり項籍と喧嘩別れに近い引退をしている。 75 鮑叔牙 管夷吾 管鮑の交わり。 25 蒙恬 贏政 贏政の配下として信頼され、活躍していた。 75 楊大眼 関羽 その武力は関羽、張飛と比肩するほどであったという。 張飛 24 李斯 贏政 秦の宰相として様々な政策を実行して秦帝国成立に貢献した。 75 劉邦 劉備 劉備は遠く劉邦の血を引いている、と自称していた。 張良 劉邦は張良・蕭何に対して高い信頼を置いていた。 蕭何 10 呂尚 張良 呂尚の兵法書は黄石公によって張良にもたらされた。 73 藺相如 鄧芝 「完璧」の故事で知られる、名外交官繋がり。 馬謖 藺相如は長平の戦いにおいて総大将が趙括に変えられることについて頑強に反対した。なお、趙括・馬謖は両者とも生兵法による大敗を招き、国家の衰運の元凶となった。 曹操が左慈嫌ってるけどコイツイベントキャラじゃねーの? -- (名無しさん) 2010-06-17 21 32 38 秦宓と簡雍の親愛は多分 益州攻めの降伏勧告時のエピソードからきてるんだろう -- (名無しさん) 2010-07-22 12 09 38 あぁ、いつの間にか補足解説が全部埋まってる・・・w猛烈にご苦労様です。 いにしえ武将との関係とかわかんなかったから、なるほど~ 結構気に入ってるシステムなんで次作がもしあるなら改良して取り入れて欲しいな。 イベントやシナリオ年代経過で変わる、とか処断したり一騎時殺害で増える、とか。まぁ甘寧・凌統の話なんですけどね。 -- (名無しさん) 2010-11-07 12 10 12 何進が十常侍の二人を嫌悪してるって書いてあるけどこの二人ゲームに武将として登場してないんじゃない? -- (名無しさん) 2011-05-13 14 06 38 イベントキャラもいちおう内部データとしては能力値とか人間関係とかある。 (例:左慈、統10武10智94政23魅62 適性全C 特技「鬼門」、嫌悪:曹操) ただ登場扱いにも死亡扱いにもなってないので(内部データを変更しない限り)ゲームには出てこない。 これをどう扱うかは疑問なところ。 -- (名無しさん) 2011-05-13 14 19 42 ↑ってことは少帝・献帝の能力値データも内部データとしては存在してるって事? どんな能力設定になってるのか気になるな。 -- (名無しさん) 2011-05-13 14 46 29 確か少帝は統率3武力5知力9政治4魅力11だったと思う。他は分からんが。 -- (名無しさん) 2011-05-13 18 49 36 ↑少帝完全にネタキャラ扱いw能力が劉禅以下ってw まあ確かに評価すべき所はないし中途半端な能力にするくらいならこの方がキャラが立っていいかもしれない。 どのみち武将としては出てこないしね。 -- (↑2) 2011-05-13 20 34 30 ↑献帝は逆賊討伐の曹操戦で劉協いるんで見れますよ -- (名無しさん) 2011-06-14 20 31 47 君主を嫌っていても配下武将が探索で発見→舌戦なら登用可能っぽい 劉備の配下にした藺相如の探索で張任発見して舌戦で登用。 -- (名無しさん) 2012-01-28 15 05 29 君主に対する親愛持ちは、流言かけても符節台都市の捕虜にしても忠誠度落ちない様子(PCPK) -- (名無しさん) 2012-02-10 22 54 00 君主に対して親愛の武将であっても他の武将を登用する際におまけで登用出来たりする。 部隊の主将盗用時の副将であったり、太守盗用時の都市武将であったり。 -- (名無しさん) 2012-09-11 22 20 42 最近、親愛・嫌悪が設定されていない武将や11に未登場の武将の記述が追加されていますがOKなのでしょうか? 何でも記載してしまえるなら際限がなくなるような気がするのですが…。 -- (名無しさん) 2012-10-26 12 46 45 確かにその通りだね。ゲーム上設定のない武将を書くべきではない。 ここはゲームの攻略情報のwikiなんだから。 -- (名無しさん) 2012-10-26 22 57 00 というわけで、問題のあったページを復元しといた。 -- (名無しさん) 2012-10-26 23 04 28 親愛枠はもうちょっと多ければ良かったのに。正直、曹操や劉備といった大物は 5つしか枠がないと史実通りの親愛関係を編集で再現するのは無理だよなー。 -- (名無しさん) 2013-06-26 00 52 17 荀イクの娘を娶ったのは陳泰の親父の陳羣じゃないのか -- (名無しさん) 2013-07-27 19 54 00 陳羣の嫁は荀彧の娘(荀顗の姉)で間違いないよ。 その上で息子の陳泰が、叔父(母の弟)の荀顗の娘を嫁にしている(要はいとこ同士の結婚)。 -- (名無しさん) 2013-07-27 21 35 08 新武将で始めたんだが編集で相性を設定しなかったら曹操と近い相性になったんだけど 嫌悪でも無いのに馬超が登用できない 董卓配下で忠誠60ぐらいで馬一族は引き抜けたのに馬超だけ断られる・・・ 案の定董卓を滅ぼして在野になっても登用できない・・・ -- (名無しさん) 2018-09-27 16 38 31 ある君主にたいして親愛設定のある武将は必ず登用される(引き抜ける) は嘘ですよね? ps2だけ違うのかな 必ずどころか忠誠80代でも無理なんだけど、、 -- (名無しさん) 2019-10-19 09 06 07 名前 コメント すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/sangokushi11/pages/1910.html
https://w.atwiki.jp/sangokushi11/pages/1896.html
https://w.atwiki.jp/sangokushi11/pages/2037.html
https://w.atwiki.jp/sangokushi11/pages/1890.html
https://w.atwiki.jp/sangokushi11/pages/2011.html
https://w.atwiki.jp/sangokushi11/pages/2052.html
https://w.atwiki.jp/sangokushi11/pages/2316.html
魅力以外全て中途半端。親愛武将もいることはいるが、相手が黄皓では…。 政治+5低×2回+官職で一応内政官としても使える。 ただし義理低め野望高めなので注意。 -- (名無しさん) 2011-05-18 13 48 21 武力低の2回使えばとりあえず70は行くけど、野望が高い分出陣させ たくない武将。 -- (名無しさん) 2011-07-24 02 44 44 演技ではゴマスリ役人。正史では実績豊かなベテラン。 運搬辺りを取らせて後方で控えさせておくのが使い道かな -- (関羽大好き) 2011-07-24 08 13 09 馬忠におよばないとはいえもう少し評価しても・・・・・・ -- (名無しさん) 2011-08-10 02 14 29 正史において馬忠に及ばないとされているが、そもそも馬忠の実績を考えると及ばなくても仕方はない。 長年に渡り功績を挙げ、仕事熱心であったとされる割に若干不遇な評価を受けている。 正史でも演義でも黄皓と結託して姜維と立場を入れ替わろうとしているが、 正史に関しては諸葛瞻と董厥も入れ替えるよう劉禅に上奏しているのでもう少し考慮してほしかったり。 -- (名無しさん) 2013-01-11 08 35 55 ↑チラ裏でやれ -- (名無しさん) 2013-01-13 00 35 11 「正史において」「正史でも」っていうけど、これ三国志演義のゲームだから。 さておき閻宇(と趙雲の息子など)は後期によく居る器用貧乏の代表。 港に駐留させるには惜しく、後方太守にするにしても野望が高いので安心して任せられない。 幸いにも寿命が長いので、諸葛亮の下で「築城」を持たせて前線でこき使うのが良い。 築城は早期に習得できる上、政治50台でも目に見えて効果を発揮する。 馬忠の特技を前線向けに書き換えられる頃には褒美用の金銭も余って前線も充実しているだろうから、史実通り後任として派遣するのが良いだろう -- (名無しさん) 2013-02-20 08 31 57 演義では酷い役回りをしていたが魅力と義理以外は意外に悲惨な能力にされていないので馬忠には及ばないが使える。余った育成を少し使えばどれも微妙だが何でも少しはできる人になる -- (名無し) 2013-02-24 07 57 22 ↑2 演義ベースなだけで全部が全部演義なわけじゃないけどね -- (名無しさん) 2013-02-24 13 28 18 とりあえずこの能力では姜維の代役はどう考えても無謀。↑3の様に築城要員として使うのもいいが、蜀系からずれた相性と低義理にちょっと注意がいる。 長期に渡る建設の旅は結構時間がかかったりするので、超級などでは季節またぎなどを挟むとあっさり90台になって引き抜かれたりする。それを気にしながらの建設もなかなかめんどいものである。 知力・政治は数合わせぐらいにはなるので、不安なら内政要員として飼い殺しても良い。寿命も長めなので、政治低があまっているようなら上げてもいいだろう。 英雄集結系ではババ抜きのババとしての活躍?が望める。 -- (名無しさん) 2015-01-27 18 04 09 >これ三国志演義のゲームだから 演義ベースだと馬忠はあんな能力値にならないよねw -- (名無しさん) 2017-07-05 22 25 09 まぁ何だかんだで妥当な数値ではなかろうか -- (名無しさん) 2018-09-15 16 27 06
https://w.atwiki.jp/sangokushi11/pages/2591.html
設定&プレイのルール(縛り) プレイ日記・賈文和の秘策其の四「上庸~漢中攻略の策(後編)」 プレイ日記・賈文和の秘策其の五「激突!対劉備軍 襄陽~江陵攻略の策(後編)」 プレイ日記・賈文和の秘策番外編「今回の登用縛りをkwsk」 プレイ日記・賈文和の秘策其の六「欢迎! 孫堅軍の策」 プレイ日記・賈文和の秘策其の七「荊南征伐戦~入蜀電撃戦の策」 ←前回はこちら 続きはこちら→ 設定&プレイのルール(縛り) ◆プレイシナリオ/PSPK「英雄集結」 ◆プレイ君主 /張繍 ◆難易度 /超級 ◆討死設定 /多い ◆後はすべて史実設定 ◆筆者のデフォルト環境で以下の部分が編集されています。ご了承ください。 ・親愛関連 ・劉備→孔明、趙雲、徐庶、法正、魏延 ・魏延→劉備を追加 ・趙雲→文鴦を削除 ・姜維→孔明、傅僉、鄧芝、夏侯覇 ・特技関連 ・李厳→「戟将」から「射手」(そもそも弩S・戟Aで「戟将」なのが変……) ・曹仁→「鉄壁」から「戟将」 ・夏侯淵→「急襲」から「弓将」 ・張郃→「昂揚」から「勇将」(魏将は強いことは強いし、渋い特技持ちも多いのですが「○将」が少ないので増やしています) ・賈詡先生も実は特技を「機略」に変更していますが、今回は自軍でプレイするので初期の「反計」に戻しています。 ◆「縛り」というより普段のプレイから自重している事項 ・セーブ&ロード及びゲーム中の編集(ただし編集に関しては特技の削除、功績の初期化はします) ・「捕縛」の使用、「流言」での武将引き抜き ・飼い殺し(登用しないorできない武将をずっと捕虜状態) ・廟発見時の書換禁止特技→「神」の付く特技、「勇将」「飛将」「覇王」「疾走」「虚実」「洞察」 ・軍師は死亡しない限り初期軍師固定 ◆詳しいルールについてはこちらに記載しております ・賈詡先生でプレイ(1) プレイ日記・賈文和の秘策其の四「上庸~漢中攻略の策(後編)」 <256/11/01~257/12/21> 防衛により漢中の兵が20000程にまで弱体化する。頃合いと見て軍を起こす事にした。 256/11/01 上庸より漢中へ侵攻開始 張繍 蒯良 董允 弩S8000 賈詡 袁遺 弩A6000 李厳 弩S8000 張済 鄒氏 胡奮 井S8000 計30000 今回は弩部隊と井蘭部隊のみで攻略することにした。すぐに天水の馬騰軍との攻防が予想されたので弩を多めに持って行きたかったという理由もある。 傅僉は宛に盧植先生が来ていたので、捕虜にできないかと思って防衛に行かせていたため今回の漢中攻略戦は不参加(そして捕虜にできず……orz) 257/02/11 漢中攻略(自由枠残り8) 漢中攻略はあっさりと終了。やはり攻城クリティカルの胡奮の存在が大きく、城内の兵をあっという間に殲滅したため抵抗らしい抵抗はなく終了した。 そして人材登用。漢中には今回大活躍であった胡奮の父、胡尊がいたためまず彼を一族枠で登用。 自軍武将 胡奮→胡尊(一族枠) その後自由枠8を使い以下の将達を登用した。その中には張繍と賈詡先生にとって縁ある将も混ざっていたのだが……。 自由枠(1)閻圃 自由枠(2)張魯 └(一族枠)張衛 自由枠(3)楊阜 自由枠(4)傅嘏 自由枠(5)王双 自由枠(6)徐栄 自由枠(7)胡軫 そして…… ?? 「張繍~~~~~!!!」 張繍 「──あ、貴方は!?」 賈詡 「董卓殿ではございませんか」 董卓 「もう塩だけの握り飯には飽きたんじゃああああ! 肉、肉を食わせてくれ! さすればわしはお主に忠誠を誓おう!」 胡車児「(´-`).。oO(漢中、兵装は無かったけど兵糧だけは山ほどあったからな……)」 賈詡 「……こちらの方に食事を」 張繍 「肉で忠誠を誓われてもな……」 一瞬、迷いましたがまあ相性もいいし、李儒との親愛に特技も役立つので登用することに。 自由枠(8)董卓 └(一族枠)董旻 董旻は陽平関に放り込むか、上庸の委任に回す予定。運搬くらいはできるでしょうから。 その後、襄陽や宛から費禕を始めとする内政官を呼び寄せ、漢中の復興に着手。 自由枠8消費、残り0枠。 漢中の内政がある程度終わったところで、張繍、賈詡先生と李厳等の本隊は襄陽へ移動。 張繍 「さて、文和よ。先に言っておった江陵を後回しにした理由を説明してくれぬか」 賈詡 「ええ、其もそのつもりでした。まず、これは策というよりも……」 張繍 「む、以前申しておった【しすてむ】という妙計か?」 賈詡 「そうです。正確に言えば【しすてむ】の穴、ですかな。我々は江陵の劉備軍に対し、部隊の殲滅ではなく兵糧切れを狙う防衛対策を取りました。 黄月英殿が副将についた兵器部隊は速やかに弩部隊で潰しましたが、それ以外の部隊に対しては特に攻撃も行わず、そのまま城へ帰還させました」 張繍 「そのせいか劉備軍の兵は隣接した時の兵数30000弱とあまり変化がないな」 賈詡 「それが狙いです」 張繍 「……どういう事だ?」 賈詡 「そもそも我々が着々と兵を増やしているにも関わらず、江陵の兵が増えぬのはおかしいと思われませぬかな?」 張繍 「確かに。現在、襄陽には60000程の兵が駐屯しているが、COMは隣接しているプレイヤー軍の都市よりも兵力を上回ろうとするのに増やさぬのはおかしいな」 賈詡 「増やさぬ、というより増やせぬ、と言ったほうが正解でしょうな」 張繍 「……? ……兵糧が不足しているのか!」 賈詡 「左様。我々の防衛対策により劉備軍は兵数はさほど減らすことなく、しかし兵糧は大量に消費するという事態になっております。 とにかくCOMはプレイヤー軍、つまり我々を執拗に狙ってきます。江陵の劉備軍にとって敵はすでに我々しか見えない状態であり、他に遠征する気も余地もない。 懲りずに何度も部隊を出し続け、そのため物資に余裕も無くなり……【しすてむ】の穴にハマったと言っても良いでしょう」 張繍 「成程。兵糧切れで帰還させることを繰り返すことによって、その内、減った兵も補充できないほどの物資不足を狙ったわけだな」 賈詡 「そうです。一度毎の効果は少なくともそれが幾度も続けば都市そのものの兵力が衰えてきます。 将の質を問えば、劉備軍に勝る軍などありませぬ。かの曹操軍でさえ一歩劣る。 そんな軍に我々が勝つには事前に出来るだけ相手を弱体化させ、倍以上の兵力、物資の力で押すだけですから」 張繍 「最後は力押しか……腹を括らねばなるまい」 賈詡 「油断は禁物ですが、COMは兵装よりも兵数を優先してきます。 兵数も増やせぬとなれば兵装もさほど増えておらぬはず。それだけでも多少は我が軍が有利になりましょう」 よく「英雄集結」シナリオで柴桑の孫堅軍が伸びない、という話題が出ます。 伸びない理由としては都市特色が水軍のため楼船を作りすぎることなどが挙げられますが、実は江陵の特色も水軍です。 江陵の方が開発地が多く収入があるとはいえ、防衛のしやすさは柴桑の方が上ですから、長所・短所を差し引けば柴桑と江陵はそれほど大きな差があるとは思えません。 また、劉備軍と孫堅軍は将の多さや特技「富豪」持ちの存在、初期兵数などほぼ同じです。 戦闘面では劉備軍のほうが決め手のある将が多いとはいえ、平均能力値は孫堅軍のほうが上回っています。 なのに何故、劉備軍は伸びて、孫堅軍は伸びないのか。これはやはり襄陽という大都市を早めに自領に出来るかどうかが大きいと思われます。 逆説的に襄陽を押さえてしまえば江陵の劉備軍は柴桑の孫堅軍と同じ運命を辿ることになるのではないか? と考えたことが今回の張繍軍プレイの始まりでもありました。 劉備軍を押さえ込む事が出来れば案外どうにかなるんじゃないかなーと考え、四苦八苦なプレイを続ける事により偶然とはいえ突破口を見つけ出せたとも言えるでしょう。 実際、襄陽を押さえ江陵に劉備軍を閉じ込めた形に持っていくと、やはり柴桑の孫堅軍と同じように楼船を造りまくりで貧乏所帯になりますw また劉備軍は初期技巧で「木獣開発」を所持していますから、さらに木獣も造りまくりw そりゃ物資が足らなくなるわけですよ。 この大量に楼船やら兵器を造りまくる部分だけでもAIが改善されたら、かなり良くなるとは思うのですがね……。 もしくはひたすらプレイヤー狙いではなく攻めやすいところから攻めるAIとか。 でも、そんな穴のないAIになったら筆者の腕では張繍軍で統一なんてできないでしょうから今のままでもいいかw 多少AIがお馬鹿なのは弱小軍でも統一の可能性が残るようにするためだと思います……たぶんw 張繍、賈詡先生を始めとする本隊が江陵の劉備軍をじわじわと弱体化させながら軍備を整えている頃、宛では奇妙な光景が観測されていた。 霍弋 「父上! 趙累殿!」 霍峻 「紹先、常日頃から守将というものは何があっても狼狽してはならぬ、と教えておるだろう」 霍弋 「は、申し訳ありません。しかし……」 趙累 「何か御座いましたか? 霍弋殿」 霍弋 「宛城北側の森林地帯にて曹操軍の騎馬隊を多数確認した、と物見から報告が御座いまして」 霍峻 「……曹操軍が? 同盟を破棄したというような伝令は聞いておらぬが……」 趙累 「まさかあの賈詡軍師がそのような重大なことを伝令し忘れるなどと有り得ぬでしょうし」 霍弋 「ですが、曹操軍の騎馬隊が多数というのは穏やかではありませぬ」 霍峻 「ふむ……どれ、私が直接確かめて参ろう。紹先はついてまいれ。趙累殿は留守を頼む」 趙累 「心得ました。お気をつけて」 上庸攻略後、宛は霍峻・霍弋親子と趙累に守らせていた。 統率の高い親子援護に趙累の特技「補佐」で武力はさほど高くないが守りは非常に安定しており、何進軍を幾度も撃退していた。 そのしつこく宛を狙っていた何進軍だが、実は張繍軍が漢中を攻略した一ヶ月後の257年3月、安定の馬騰軍によって滅ぼされていたのだ。 ところで長らく筆者は勘違いしていたのですが…… 宛と洛陽には隣接判定が無い! のです。 所謂、領地(マス目)が宛と洛陽で隣り合っている所はありません。 許昌と洛陽(虎牢関)と宛の三叉路の間が少々ややこしいですが、マス目的には「宛-許昌-洛陽」になっています。 何進軍との防衛を行なっている最中、司馬懿軍が乱入してくる時があるためずっと「隣接判定がある」と思い込んでいました。 そのくせ兵を貯めこむだけ貯めこんでも一向に攻めてこない司馬懿軍が謎だったですが、武関の所領がトリガーであることにようやく気がつきました。 この武関、長安より宛の方が近いため所属を勘違いしそうですが、武関の所属は長安です。 そして隣接判定とは都市だけにあるのではなく拠点毎(関や港も含む)にあるため、つまり武関を張繍軍が取ってしまうと長安領に張繍軍の拠点ができた事になり、 司馬懿軍「隣接判定キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!」 状態になってしまって、司馬懿軍からも攻められるという結果になるわけです。 そのためプレイの途中から武関を挟んでの防衛は止め、城の西側で一隊ずつ引き込んでの防衛に切り替えました。 よって張繍軍は未だに司馬懿軍との隣接判定がなく、洛陽には15万の兵(MAXw)が駐屯しているにも関わらず戦闘が起きていません。 何進軍が滅亡する前、武関はもちろん何進軍の所領でした。しかし滅亡後、無人の関に。 別にこの関を取ったところで張繍軍にとって得する事はひとつも無く、司馬懿軍との隣接判定もできてしまうため放置していました。 その無人の関を曹操軍が落としたのです。 COMはどうも無人の拠点を好んで占拠する傾向にありますし、曹操軍とは同盟中で司馬懿軍の盾になってくれるならそれは結構な事、と考えていたのですが……。 なぜか曹操軍、洛陽に攻め入るのに虎牢関経由ではなく、わざわざ宛の北にある森林地帯を抜けて武関を通り、函谷関側から攻め始めているではありませんか! つまり、宛の北側にゾロゾロといた曹操軍の騎馬隊は洛陽を攻める部隊だったのです。この辺りのAIの仕様はさっぱり判りませんね……。謎です。 しかも、武関を越えて函谷関に出るということは長安領に侵入することと同じですから、当然、長安の馬騰軍も出張ってきます。 当面、張繍軍は馬騰軍・司馬懿軍・曹操軍の三つ巴の戦いを静観することにします。なにせ重要な戦いが控えているのですから……。 プレイ日記・賈文和の秘策其の五「激突!対劉備軍 襄陽~江陵攻略の策(後編)」 <258/01/01~258/07/01> 張繍 「とうとうこの日が来たか……」 賈詡 「はい、もう後戻りは出来ませぬ。参りましょう」 張繍 「うむ。──者ども! これより我が軍は江陵の劉備軍に総攻撃をかける! この戦いこそ乾坤一擲、我が軍の存亡を賭けた戦いである! この戦いに勝たねば我が軍の明日は無いと思え!」 一同 「応っ!」 これまでの行動のすべてはこの一戦のため、と言っても過言ではなく。258/01/01、張繍軍は劉備軍討伐のための軍を出陣させた。 258/01/01 襄陽より江陵へ出兵 張繡 婁圭 徐栄 騎S11000 賈詡 袁遺 弩A8000 傅僉 陳武 霍弋 戟S8000 張済 蒯良 董允 弩S8000 李厳 傅嘏 弩S8000 傅彤 歩騭 井S8000 州泰 胡奮 衝S6000 計57000 襄陽側から江陵へと侵攻した場合、どうしても砂地が多くなってしまうので槍兵は用意せず、敵の移動は主に張繍の騎馬、傅僉の戟兵で行う。 また、この時点で賈詡先生の知力は99になっており、相手が諸葛亮か趙雲でなければ足止め可能。 張済、李厳の弩兵で相手の兵力をチクチク削る「ヒット アウェイ戦法」をとりつつ、兵器部隊を守りながら城へ近付く──つもりだ。 対する劉備軍は江陵に約29000の兵。全体的に兵糧と兵装が少ない。 交戦前に確認したところ槍、戟は10000弱、弩は5000弱、馬は在庫0であった。そして楼船40隻、木獣15台w 兵力も張繍軍の約半分、兵装も少なめではあるが、この戦力差をひっくり返す事ができるのが劉備軍なのだ。まったく油断はできない。 襄陽~江陵の渡り手前に陣取られると突破に時間がかかってしまうため、多少の犠牲覚悟で張繍隊を先行させ、渡りを超えたところに布陣させる。 陣を建設し、他の部隊との足並みを揃える。江陵からの迎撃部隊は副将に龐統を連れた張飛の戟兵6000。張繍が張飛の戟戦法「横払」を喰らう。 一気に1000を超える兵が削られてしまった。……痛い、痛すぎる。兵種の相性や兵力からもこちらのほうが有利なはずなのにこのダメージはいったい……。 賈詡先生で張飛を足止めし、張繍隊の突進で城側へと押し返す。傅僉隊を護衛にしつつ、弩兵、兵器部隊を前進。 その後、関羽(副将・関平、王平)が槍兵6000で出てくるが、賈詡先生の偽報で無力化し傅僉隊の戦法「熊手」でこちらの部隊のZOCが発生する箇所に引っ張り込む。 この時、なんと関羽が負傷。傅僉、よくやった! これにて陳武の特技「戟将」が通ることになった上、関羽の特技がほぼ無効に。 砂地に入れば槍戦法は喰らわないのだが、関羽の場合「通常攻撃」もクリティカルになるのでシャレにならん。 関羽も張飛も硬いし、一撃喰らうと「ひ、ひぇぇ」と言いたくなる程のダメージがでるのだが、賈詡先生で足止めできるのがとにかく大きい。 思ったより楽勝ムード?w などと考えていた筆者の甘い考えを見透かしたように、もっとも戦いたくない相手が飛び出してきた。 趙雲(副将・姜維)の騎馬兵約2300。馬の在庫が無かったので安心していたのだが、どうやらこちらが城に取りつく前に生産したようだ。 むむむ……騎馬か。襄陽から江陵へと攻めた場合、騎馬の戦法を止める場所がないのだ。江陵の南側なら湿地や森林があるため騎馬はさほど怖くはないのだが。 とにかく足止め方法のない趙雲を自由にさせないために囲むしかない、と張繍隊と傅僉隊を隣接させたのがまずかった。 趙雲隊は騎馬戦法「突破」を繰り出し、傅僉隊の真裏──兵器部隊の真ん前に飛び出してきたのだ。 しまったああああ! と後悔したのもつかの間、次ターンに趙雲が州泰隊(副将・胡奮)の衝車に騎馬戦法「突撃」。討死設定「多い」にするんじゃなかった……orz テストプレイ時の「漢中ルート」の時は君主の張繍で結構な数を轢殺したので、本プレイも設定を引き継いだのだが。 ああ、赤木しげる氏の「殺してもいいって事は殺されてもいいって事だ」という名言が頭の中に木霊する。 幸い、州泰隊は無事だった。⊂(^ω^)⊃ セフセフ!! 趙雲「敵将、逃がさん!」 ちょ……セーフじゃねぇえええええええ!!!! 騎馬隊による強制一騎打ちが発生。州泰がそれを受ける。州泰、逃げて! 超逃げて!! PS版は家庭用ゲーム機の限界か、たまに画面が一瞬止まったようになる時があります。小銭拾いをしていてアイテムを見つけた時とか(wii版は判りません) なので「アイテム見つけたw」とか事前に判ってしまいます。後、一騎打ちの一閃とかも判ります。少しだけタイムラグがあるんですよね。 ええ、されましたとも。一閃(TдT) 一騎打ち画面に切り替わった途端、なんだか見たことのある斜めからのカメラアングル。どけどけぇ~~~~ 趙雲「いい勝負だった。次があったらまたやろう」 全然いい勝負じゃねぇええええええええ!!!! 二度も貴方と一騎打ちやりたかないです。 州泰、死ぬなよ。とっ捕まってもいいから生きてろよ! 筆者の願いが通じたのか州泰は死なず、即解放。今度こそ本当に⊂(^ω^)⊃ セフセフ!! 胡奮が主将になってしまった衝車隊は一旦、襄陽に退却させます(指定の将以外、主将にしないという縛りに反するため) しかし……「三國志11」で一番敵に回したくないのは間違いなく趙雲ですね。硬い、強い、ウザい。超ウザい。 趙雲を確実に足止めできるのって、関羽、張飛、呂布の槍戦法「乱突」か呂布+呂玲綺の「疾走」つき騎馬戦法くらいしかないんじゃないでしょうか? 趙雲の騎馬戦法「突撃」にヒヤヒヤしながらもなんとか部隊を壊滅させる。兵力2000ちょっとの騎馬隊でダメージ1000↑とかなんかおかしいだろ! 2度迎撃に出てきた関張の部隊を殲滅した後は観念したのか、迎撃部隊は出てこず。ようやく城に取りつき攻城を始めることが出来た。 そして丸半年後の258/07/01……江陵攻略! 泳! 泳! 魚ooooooo!!! 張繍 「ぜぇぜぇ……江陵を陥落させたぞ! とはいえ、こちらもすでにライフポイントは0だが……。者ども! 勝鬨をあげよ!」 賈詡 「まったく歴史SLGとは思えぬ緊張感ある戦いでしたな……さすがの其も疲れました」 張繍 「プレイヤーも江陵を落した瞬間、すぐにセーブしてコントローラー放り出したらしいからな」 賈詡 「とにかく江陵へ入城しましょう」 張繍 「うむ、人材の確保も急がねばならぬしな」 いや、本当に疲れました。劉備軍、やっぱTUEEEEEE!です。半端ないです。 しかし、これで張繍軍は最大の難敵である劉備軍を攻略・吸収することが出来ました。関張趙は防衛にしか起用しないとはいえ、戦略の幅も広がると思います。 プレイ日記・賈文和の秘策番外編「今回の登用縛りをkwsk」 お久しぶりです。少し間が開いてしまいましたがラストスパートに向けてkskしていきますのでよろしくお願いします。 さて、今回は番外編です。今回の人材登用縛りが筆者の説明では判りにくいかなー、と思ったので劉備軍をモデルに詳しく説明しようと思った次第。 「1城×3人」「官職縛り」ほどきつくは無いのですが「親愛、一族、義兄弟、伴侶」のような縁続き登用がメインとなっています。 もちろんこれだけでは流石に登用できない人が多すぎるので「攻略した1都市に対して自由枠3」をプラスしています。 劉備軍を吸収した258/07/01の時点で敵方にいた者に縁がある人が張繍軍には数名います。 趙累 → 関平(相互親愛) 傅僉 → 姜維(相互親愛) まずこの2人を登用。そしてこの2人から以下の形で登用枠が伸びることになります。 関平 → 「親愛枠」「一族枠」 姜維 → 「親愛枠」(姜維は一族がいないので「一族枠」はありません) 図式化するとこんな感じです。 趙累─関平 ├「一族枠」※一人のみ └「親愛枠」 ただし「一族枠」→「一族枠」は使えません。また「親愛枠」は無制限ですが「一族枠」は一人のみ適応可です。ですので、 趙累 → 関平 └「関興(一族)」 └「関索(一族)」 これはダメということになりますが、 趙累 → 関平 └「関興(一族)」 └「張苞(義兄弟)」 これはおkということになります。 この縛り実にバランスがいいのです。「1城×3人」や「官職縛り」ほどきつくないですが、無差別に登用できるほど緩くもないので、ほどよい感じです。 筆者はさらにこの縛りに「特技縛り」を加えました。これはCSPKは特技の無い将に特技を付与してくるためです。「覇王」とか「○神」が多数いたらいかんですよねー。 この「縁続き登用」今では筆者のデフォルト縛りになっていたりします。この縛りを考えて下さった某動画作者様に本当に感謝です。 というわけで、劉備軍の登用は以下のようになりました。「自+数字」表記は自由枠で登用したという意味です。 趙累(自軍)→関平(親愛) └廖化(親愛) 傅僉(自軍)→姜維(親愛) └鄧芝(親愛) ※江陵攻略時点での自由枠は3 王平(自1) 劉備(自2) ├関羽(義兄弟) │ ├関索(一族) │ └周倉(親愛) │ ├張飛(義兄弟) │ ├龐統(親愛) │ └張苞(一族) │ └関興(義兄弟) │ ├糜氏(伴侶) │ └糜竺(一族) │ ├孫乾(親愛) │ └簡雍(親愛) │ ├諸葛亮(親愛) │ ├黄月英(伴侶) │ ├馬良(親愛) │ │ └伊籍(親愛) │ ├馬謖(親愛) │ └諸葛瞻(一族) │ ├趙雲(親愛) ├法正(親愛) └徐庶(親愛) 自由枠残り1 劉備軍から登用したのは以上の26人です。後はすべて解放。 「槍将」の劉封は関平との親愛枠、劉備の一族枠に該当しますが、後々の事を考えて登用しません。 また趙雲の息子2人は片方だけ登用というのも嫌なので2人とも解放します。(史実でも直属の部下でしたし、姜維と趙広に親愛つけてあげれば良かったorz) 王平は特に親愛も一族も持っていませんが、自由枠を割いて登用するに価する将だと思うので登用しました。 孔明は登用後、特技「神算」を即「築城」に書換。息子の諸葛瞻と新野を守ってもらう予定です。 さて……次は現時点での勢力紹介といきたいところなのですが、すでにかなりプレイを進めていて今更この時点での勢力紹介してもしょうが無いので、 現段階までの侵攻戦をダイジェストでお送りし、その後、勢力紹介や育成などについて書く予定ですのでご了承ください。 プレイ日記・賈文和の秘策其の六「欢迎! 孫堅軍の策」 <259/06/01~259/10/11> 張繍 「……どうするよ、文和」 賈詡 「どうもこうもこればかりは天命でございますからな……致し方ありませぬ」 江陵を攻略し、劉備軍を吸収した張繍軍は約一年ほど、戦後処理、将の再配置、技巧研究、育成などに取り組んでいた。 満を持して、259/04に柴桑の孫堅軍を吸収するため、軍を起こす予定だったのだが……。なんと柴桑に疫病が発生! それまで廬江の袁術軍や張繍軍の領内である鳥林港に出兵させていたのが祟ったのか、柴桑の兵は約19000弱と激減。 張繍 「一応、劉備軍と孫堅軍との戦はこのプレイのクライマックスだったんだがな……」 賈詡 「孫堅軍の兵数を増やすMチートをしても良かったのですが、動画ならいざしらずプレイ日記でそれをやっても面白くありませんから」 というわけで倍の兵数でさくっと踏み潰します。 柴桑攻略戦 張繍 婁圭 関索 騎馬S 10000 賈詡 馬謖 周倉 弩兵S 李厳 胡奮 袁遺 弩兵S 傅僉 董允 陳武 戟兵S 傅彤 蒯良 張苞 槍兵S 張済 霍弋 雛氏 弩兵A 州泰 歩騭 黄月英 井蘭S 他部隊はすべて兵5000 計40000 もう状況書くようなこともなくあっさりと柴桑攻略……orz しかも攻略前に柴桑の物資を見ると「衝車15 井蘭9 楼船70(!)」どんなけ船造ってんの! 戦というより本当にただの吸収イベントになってしまった感のある柴桑攻略戦でしたが、以下の人材を登用しました。 柴桑攻略時点での自由枠4 徐盛(自1) 孫桓(自2)─孫韶(一族) 蘇飛(自軍) └甘寧(親愛) └凌統(親愛) └凌操(一族) 歩騭(自軍) ├諸葛瑾(親愛) │ ├魯粛(親愛) │ │ └魯淑(一族) │ └諸葛恪(一族) │ └孫登(親愛) └厳畯(親愛) 劉備(自軍) ├孫尚香(親愛) │ ├大喬(親愛) │ │ └孫策(伴侶) │ │ └孫翊(一族) │ │ └徐氏(伴侶) │ └小喬(親愛) │ └周瑜(伴侶) │ └呂蒙(親愛) │ └陸遜(親愛) │ ├陸抗(一族) │ └孫氏(伴侶) └呉国太(親愛) ├孫堅(伴侶) │ ├程普(親愛) │ ├韓当(親愛) │ ├黄蓋(親愛) │ │ └闞沢(親愛) │ │ └孫和(親愛) │ ├祖茂(親愛) │ └孫権(一族) │ ├周泰(親愛) │ │ └蒋欽(親愛) │ └朱然(親愛) │ └朱治(一族) │ └呉景(一族) 自由枠2消費 残り2 37人登用。 しかし、ここで要らない捕虜(孫魯班とか孫峻とか)を解放する時に登用予定だった数人も解放してしまうという痛恨のミス……orz よって、孫氏、孫登、孫和からの一族枠は残ったままです。後ほど使うかもしれません。 ですが、さすが相性がいい! ほぼ登用した段階で忠誠度100! しかも「ねんがんの仁政を手に入れた」! 旧劉備軍とは相性が悪いせいで忠誠度の維持が大変だったのですが、その心配もなくなりました。これで長期遠征も可能になります。 プレイ日記・賈文和の秘策其の七「荊南征伐戦~入蜀電撃戦の策」 ここから蜀平定まではダイジェストです。 柴桑の復興や軍備は元孫堅軍の面々にまかせて、本隊は江陵へ帰還。そして江陵から武陵~長沙という反時計周りで荊南を平定する予定。 <260/10/01>武陵・零陵攻略戦 張繍 婁圭 関索 騎馬S10000 賈詡 馬謖 王双 弩兵S6000 李厳 蒋欽 袁遺 弩兵S6000 張済 孫尚香 諸葛瑾 弩兵S6000 傅僉 孫権 陳武 戟兵S7000 傅彤 董允 凌統 槍兵S7000 甘寧 蘇飛 黄月英 井蘭S5000 計47000 約半年後に同部隊・同兵数で零陵へ侵攻開始 <261/04/11>に零陵陥落、趙範軍滅亡 零陵攻略時自由枠8 趙雲(自軍)─樊氏(親愛) 関索(自軍)─鮑三娘(親愛) 沙摩柯(自1) 蒋琬(自2) 華覈(自3) 自由枠3消費 残り5枠 「三国志11」でのモテ男達、趙雲と関索繋がりで美女2人を登用。 後は自由枠を割いても良いと思える人と、相性が良く内政官としても必要十分な能力の華覈を登用。この人はさらに韋昭との親愛もある。 荊南を平定している間もっとも防衛戦が激しかったのが漢中。涼州と長安を有する馬騰軍と梓潼の鄧艾軍から目の敵のように攻められていた。 しかも鄧艾軍は「難所行軍」の技巧を持っていたため梓潼~漢中間の裏道である桟道を抜けてくるものだから鬱陶しい事この上ない。 桟道を通ってきた投石車部隊にLv.3の市を壊されて、筆者のイライラがピークの時に1人の鄧艾軍の将を捕縛する。傅僉を裏切った蒋舒である。躊躇いもなく処断。 巻き添えを食らった左奕と諸葛緒には申し訳ないが、処断禁止プレイで無い限りは即処断するヤツなのだ、こいつは。 (ホントはちゃんと確かめて残りの2人は解放してあげれば良かったんですが……) その後に捕縛した田続も処断し、高翔は捕虜に。 <261/06/01>桂陽に進軍開始 張繍 婁圭 関索 騎馬S10000 賈詡 馬謖 雛氏 弩兵S7000 李厳 蒋欽 胡奮 弩兵S7000 張済 孫尚香 袁遺 弩兵S7000 傅僉 孫権 陳武 戟兵S7000 傅彤 董允 凌統 槍兵S7000 甘寧 蘇飛 黄月英 井蘭S6000 計51000 <261/10/01>桂陽攻略 <261/12/11>捕虜だった高翔を登用 自由枠1消費、残り4枠 <262/02/01>長沙に進軍開始 張繍 婁圭 関索 騎馬S9000 賈詡 馬謖 雛氏 弩兵S5000 李厳 蒋欽 胡奮 弩兵S7000 張済 孫尚香 袁遺 弩兵S7000 傅僉 孫権 陳武 戟兵S7000 傅彤 董允 凌統 槍兵S7000 甘寧 蘇飛 黄月英 井蘭S6000 計48000 <262/05/01>長沙攻略 韓玄軍滅亡 長沙攻略時点での自由枠7 法正(自軍)─黄忠(親愛) 劉備(自軍)─魏延(親愛) 韓浩(自1) 譚雄(自2) 李異(自3) 桓階(自4) 沈瑩(自5) 樊建(自6) 自由枠6消費、残り1枠 この戦いで張済の弩適性がSに成長。 <262/12/11>永安に進軍開始 漢中のみならず江陵にもちょいちょい出張ってきていた鄧艾軍を潰すために江東よりもさきに益州を平定することにした。 江陵の防衛戦は桃園三兄弟と張苞・関興の虎の子義兄弟で防衛させていたので、なんの心配もいらず。 ちなみ漢中は趙雲・黄忠・姜維に加えて、補佐持ちの関平と趙累を配置し全体的に弩と槍適性の高い面々を揃えている。 たま~に長安から馬超とか龐徳がやってくる宛には陸遜・陸抗親子と霍峻・霍弋親子を配置。どちらの親子も弩と戟適性が高いので防衛戦には持って来いだ。 しかも筆者はこの親子達が大好きなので、親子援護がでるとニヤニヤしてプレイのモチベーションもあがるw 出陣前に雛氏、孫尚香、鮑三娘で義姉妹を結成。これで雛氏も一軍を担えるようになった。 甘寧 蘇飛 黄月英 井蘭S7000 傅僉 孫権 陳武 戟兵S7000 傅彤 董允 凌統 槍兵S7000 李厳 蒋欽 胡奮 弩兵S7000 賈詡 馬謖 王双 騎馬A7000 雛氏 孫尚香 袁遺 弩兵S6000 張済 婁圭 弩兵S7000 鮑三娘 王平 弩兵S6000 計54000 <263/04/01>永安攻略 この戦いで傅僉の戟適性がSに成長 <263/06/01>江州攻略に向けて進軍開始 永安攻略とほぼ同メンバー <263/08/11>江州攻略 <263/09/11>成都に進軍開始 州泰の運用に悩んでいたので州泰と胡奮を義兄弟にした。これで投石車か槍・弩部隊で運用できそう。 永安攻略メンバーと州泰+胡奮の投石S7000 <263/12/11>成都攻略 <264/01/11>梓潼に進軍開始 漢中の裏側の安全を確保するために南中は後回しにして、さきに梓潼を攻略。 梓潼は城壁もダンボール製だし、兵も少なかったので投石車はお休み。 張繍 王双 婁圭 騎馬S8000 賈詡 徐栄 騎馬S5000 鮑三娘 王平 弩兵S6000 李厳 蒋欽 孫権 弩兵S6000 雛氏 孫尚香 董允 弩兵S6000 張済 胡奮 黄月英 弩兵S6000 計 37000 <264/03/21>梓潼攻略 <264/08/21>建寧に進軍開始 南中遠征の何が大変かっていうと、とにかく兵糧! 建寧~雲南と間をおきたくないので、どの部隊も兵糧を出来るだけ多く持たせる。 実は永安に攻めこむ前に司馬懿軍・馬騰軍・鄧艾軍で連合を組まれてしまっていた。よって忠誠度が255になっている捕虜はすべて解放。 滅亡させてから一気に登用するつもりだ。しかし司馬懿軍ェ……。あんた一度も攻めて来てないやん……。 張繍 関索 袁遺 騎馬S10000 賈詡 馬謖 徐栄 騎馬S5000 張済 胡奮 鄧芝 弩兵S10000 李厳 甘寧 蒋欽 弩兵S10000 鮑三娘 王平 陳武 弩兵S6000 雛氏 孫尚香 董允 弩兵S6000 計 47000 <265/01/11>建寧攻略 鄧艾軍滅亡 建寧攻略時点での自由枠16 趙雲(自軍)─文鴦(親愛) 黄忠(自軍)─劉磐(親愛) 蒋琬(自軍)─蒋斌(一族) 劉備(自軍)─盧植(親愛) 鄧艾(自1)─鄧忠(一族) 呉懿(自2)─呉班(一族) 黄権(自3)─黄崇(一族) 張翼(自4) 張嶷(自5) 馬忠(自6) 羅憲(自7) 冷苞(自8) 尹黙(自9) 向寵(自10) 王伉(自11) 胡烈(自12) 牽弘(自13) 楊任(自14) 自由枠14消費、残り2枠 尚、胡烈は胡奮の一族(実弟)なのですが、胡奮からの一族枠はすでに漢中を攻略した際に、父ちゃんの胡遵に使用済みです。 一族枠は一人のみ、また一族枠で登用した人からの一族枠は使えない、という縛りのため胡烈の登用は自由枠を使っています。 <265/03/01>雲南攻略戦 多少の戦後処理をした後、間髪いれずに雲南に侵攻。もともと雲南の孟獲軍は鄧艾軍に攻められていて虫の息だったから、ここはすんなり攻略したいところ。 張繍 関索 袁遺 騎馬S10000 賈詡 蒋欽 馬謖 弩兵S8000 李厳 甘寧 胡奮 弩兵S8000 雛氏 孫尚香 孫権 弩兵S8000 鮑三娘 王平 黄権 弩兵S8000 計34000 <265/07/11>雲南攻略 孟獲軍滅亡 この戦いにおいて、雛氏の弩適性がA→Sに成長。結構経験値が溜まっていたみたいでかなり早い成長だったので驚いた。 雲南攻略時点での自由枠5 法正(自軍)─張松(親愛) 張飛(自軍)─雷同(親愛) 王坑(自軍)─呂凱(親愛) 孟獲(自1) ├祝融(伴侶) └花鬘(一族) 陸凱(自2) 李恢(自3) なぜか雲南にまで流れていた陸遜の一族・陸凱。この人、筆者がプレイするとかなりの確率で南中にいるんだよな~。 しかし、相性が良くて能力が高いので南中の都督になってもらう予定。 ちなみに、陸凱も陸遜からの一族枠はすでに使用済みなので自由枠で登用しています。自由枠を使っても余りある能力の高い人ですし。 後、花鬘を登用して「戟将」が3人になりましたが、沈瑩は武力が低すぎで荊南の委任要員になっていますので実質2人と同じです。 まぁ花鬘好きなんでご容赦願いたし。花鬘、可愛いよ、花鬘。厳顔と張任を登用できないのは何気に痛い。 自由枠3消費、残り2枠 駆け足になってしまって本当に申し訳ありません。以上、現在までのプレイ状況です。 今後、どんな感じで進めるかですが……今のところやはり江東方面を平定する予定です。 色々と決めかねていることがあって、それもどうしようかと。 能力研究は知力・武力・統率方面はほぼ完了。残りは政治方面。判明している隠し特技は「虚実」「火神」「心攻」「眼力」 「覇王」はまだ誰にも付与していません。誰につけるか……悩む。 君主の張繍は武力高+を3回修行済みで武力96(経験値+1) 統率高+2回修行済みで統率94(経験値+4) 賈詡 「張繍様の現在の武力・統率力であれば特技の『騎将』を書き換える必要がありませんな」 張繍 「うむ、他の兵科で運用する必要もないし、『覇王』は古参、もしくは五虎将候補の誰かに付与したいところだ」 賈詡 「武力方面の研究が後になってしまったため、張済殿に武力高を回せなかったのが惜しいところでした」 張繍 「経験値で結構武力が伸びてしまったのがな……将達をどんな風に育成するかによって研究する順番も考えねばならなかったな」 賈詡 「その辺りは今後の課題ですな。一応、五虎将候補としては李厳殿、傅僉殿、甘寧殿は確実です。次点としては関索殿、孫尚香殿、陳武殿、凌統殿」 張繍 「あまり陽の目の当たらない凌統を筆者は活躍させたいらしいが……」 賈詡 「古参とはいえませんが初期から活躍している陳武殿も捨てがたいところです」 賈詡先生でプレイ(4)はこちら コメント、ご意見等ありましたらこちらによろしくお願いします。 いや〜やりましたね!!劉備攻略!!おめどうとうございます!!今後はどうするつもりですか? -- 名無しさん (2012-03-29 08 41 07) ↑の方>コメありがとうございます。プレイはもうちょっと先まで進めていますので、次回この後の戦略について詳しく書きたいと思います。次回もよろしくお願いいたします -- 筆者 (2012-03-29 09 21 08) 江陵攻略戦、ハラハラものでした。何にせよ、攻略おめでとうございま~す -- 名無しさん (2012-03-29 10 54 21) 劉備攻略、御美事にございまする! しかし敵に回すと本当に嫌らしい面々が揃っとるなぁ。討ち死にが発動していたら、と考えると恐ろしいですね。 -- 名無しさん (2012-03-29 12 47 11) 自分は劉備軍相手にするときは大抵火球を主体に戦うなあ。COMは攻撃よりも消火優先な傾向あるし。あと、「衝」車だね。 -- 名無しさん (2012-03-29 17 39 48) ↑3の方>コメありがとうございます。ハラハラというかヒヤヒヤでしたw -- 筆者 (2012-03-29 20 28 52) ↑2の方>コメありがとうございます。本当に嫌らしい面々ですw 特に騎馬の趙雲は超ウザいです -- 筆者 (2012-03-29 20 30 23) ↑の方>ご指摘ありがとうございます。修正しました。部隊数が多ければ火球も使うつもりでしたが2部隊位だとかえって効率が悪いので今回はガチりました。 -- 筆者 (2012-03-29 20 33 03) 趙雲に突撃されると一騎打ちになることが比較的多い気がするなあ・・・でも趙雲だったら負けてもなんだか清々しかったりする(^_^;) -- 名無しさん (2012-04-08 18 31 48) ↑の方>コメント返しが遅くなってしまい申し訳ありません。趙雲は補正もありますし一騎打ち強いですよね。個人的には「三国志11」で一番隙のない人だと思っています。 -- 筆者 (2012-07-23 02 25 10) おお待ってました!三国志12も発売されて人も少ないですけど、楽しみにしてます^^ -- 名無しさん (2012-07-23 20 17 42) ↑の方>コメありがとうございます。三国志12はプレイされました? 自分はCS版待ちです。っていうかPC買い換えたほうが早いかもですがw -- 筆者 (2012-07-23 22 50 14) 登用縛りの解説が面白かったです。ちと疑問ですが、建寧で登用した胡烈は胡遵の一族枠を使えたように思うのですが。 -- 名無しさん (2012-07-24 10 03 05) ↑の方>コメありがとうございます。胡烈は胡奮の弟なのですが、漢中を攻略した時に胡奮→胡遵(一族枠)で登用していて一族枠が使えなかったのです。でも能力&相性がいいので自由枠で登用しました。説明を追加記入しておきました。質問してくださってありがとうございました。 -- 筆者 (2012-07-24 16 11 52) プレイ日記本筋とは関係の無いことで恐縮ですが、1つご提案があります。近いうちに他の筆者様の日記の削除依頼を代行するついでに、プレイ日記一覧の並びが整うようにいくつかのプレイ日記のページ名変更を管理者様に依頼しようと考えています。もちろんページ名変更は大幅に改竄するわけではなく、スペースを入れるなりなんなりしてナンバリングの付くプレイ日記の順番を揃えることが目的です。で、ここからが本題なのですが、もし余計なお世話でないようでしたら、ついでにこちらのページ名の「張繡」を「張繍」に変更するように依頼させていただこうかと思っているのですが、どうでしょうか?(ゲーム上の仕様では「張繍」が正しいようです)細かいことですので私含め気にしてる人はいないと思いますが、どうせならまとめて依頼に出した方が後々の手間も省けるのではないかと思います。長文申し訳ありません。お返事待ってます。 -- 名無しさん (2012-07-24 23 53 18) あー、そうなんですか。PS2版だと字が微妙に潰れていて「張繡」に見えていました。自分は別に構いませんが、wikiの管理人様にはお手数をかけてしまうことにならないでしょうか? ご提案して下さった方にも管理人様にも問題ない事であればこちらといたしましては反対する理由はありません。 -- 筆者 (2012-07-25 01 35 06) 追記:本文内のは「張繍」になってますね。最初にページを作った時に間違えてたみたいです。申し訳ない。お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします。後、本文内については見直し後、訂正しておきます。 -- 筆者 (2012-07-25 01 44 12) 了解しました。なお要望が通った場合こちらのプレイ日記内のリンク(「前回はこちら」など)も一時的に切れてしまうので、お手数ですがご対応をよろしくお願いいたします。 -- 提案者 (2012-07-25 12 11 17) 陸凱が良く南蛮方面にいるのは、マスクデータの出身地/地元執着が南中/重視に設定されてるからだと思います。おそらく、呂凱と間違えて設定ミスたのかと。ちなみに、出身地設定がおかしい武将はもう一人、孫礼(本来なら幽州→何故か揚州)がいます。これは孫一族の中に紛れた上での設定ミスっぽい感じですね。 -- 名無しさん (2012-08-22 19 53 55) ↑の方>そうなんですか!知らなかったです。情報ありがとうございました。 -- 筆者 (2012-08-25 21 28 54) 名前 コメント